バニラクリームフラペチーノの、シロップをモカシロップに変更。チョコチップと、チョコソースを追加。 あっという間に、甘さたっぷりのチョコレートチップフラペチーノの出来上がり。ちょっと奮発して、トールサイズを注文してみた。 月に2回だけの、塾帰りのほんの些細な楽しみ。飲み物単品で500円を超えるのは、中学生のお財布には優しくはないから。 頑張った自分にご褒美、というコトバをどこかで聞いたことがある。そんなたいそうなものではないが。 ともかく、塾でフル稼働してきた脳みそに糖分は最高の栄養なのだ。普段はコンビニで売ってるシュークリームやバウムクーヘンで補っているけれど。 定位置と呼べるほどその店に通いつめているわけではないのだけれども、毎回毎回つい座ってしまう席がある。 窓際のカウンター席、右から3番目。参考書の入った重たい鞄をテーブルの上に置く。携帯電話を開いて時間を確認すると、19時過ぎ。そろそろかな。 「あ」 思わず声が出てしまった。小さめの音だったから周囲でそれを拾った人は居ない、と思いたい。 見慣れた青と黄のジャージ。先頭に居るのはオレンジのバンダナをした少年。クラスは違うけれど、サッカー部のキャプテン、円堂くん。校内で彼はそれなりに有名人なので、接点はなくとも一方的に名前と所属部活は把握している。 ちょうどこの時間帯は練習を終えたサッカー部の人たちが通るのであった。 月に2回、フラペチーノを頼んで、この席に座って、サッカー部の人たちが帰るのをガラス越しに眺める。もう4回くらいは、これを繰り返した気がする。 クラスの女子が話していたように、豪炎寺くんがかっこいいだの、風丸くんに差し入れをしたいだの、そう言った気持ちはさっぱり無かった。 ただ、目の前を彼らが通りすぎていくのを眺めているだけ。ぼんやり考え事をしながら、それを見ているだけでよかったのだ。 この店の前にはちょうど信号があって、しかも赤の時間が少し長めで、サッカー部のみなさんはいつもそこに留まる。今日もそれを眺めていた。 ふと、サッカー部の集団の1人と目があったことに気がつく。誰だろう。見たことは確かにあるのだが、名前が出てこない。 鬼道くんのようにとても、なんというか、特徴的という格好をしているわけでもない、普通の、なんだかちょっとほっとするような子だった。 何故目が合ったのかわからない。その子の髪の毛が、チョコレートに似ていて、手元にある飲み物と彼を見比べてしまった。 そんな行動に彼は疑問符を浮かべた、ような仕草を見せた。どうしたらいいのだろう。とりあえず、手を振ってみた。 すこし大きめな目を何度か瞬きさせたあと、彼も手を振り返してくれた。そのうちに信号は青に変わって、彼の姿はサッカー部の集団の中、そして人ごみへと消えていく。 プラカップについた水滴が垂れて、テーブルに輪を作っていた。 *** 選択科目を間違えたかもしれない、と階段を上りながらひたすら後悔していた。 教科書を抱えながら、最上階にある音楽室を目指す。これが結構面倒くさいのだ。歌うことは嫌いじゃないから、という理由で音楽を選択した4月の自分に考え直せと伝えてあげたい。 やっとのことで音楽室前までたどり着く。ドアを開けようとしたら、ちょうど内側から人が出てくるタイミングだったようで、自然と開く。 「あ」 突然目の前に現れたチョコレート色に思わず声を出し、チョコレート色の彼もこちらを見て驚いたような表情を浮かべていた。 そりゃぁ同じ学校に通っているのだからどこかで会うかもしれない、とは思っていたが。 しかし何を話したらいいものやら。数日前に手を軽く振り合ったというだけで、お互いの名前もクラスも知らなかった。というか、選択科目が一緒だったことも知らなかった。 「あの、さ、俺、3組の半田真一」 「あ…えっと。2組の苗字名前です」 「苗字さ、たまにあの店でなんか飲んでるよな?」 知ってたの、と目を大きく見開くと、なんとなく目に入るんだよ、と頭を掻きながら半田くんは照れくさそうに言った。 窓側の、みっつめの席に座って、なんか茶色いやつ飲んでるじゃん。 月に2回しか行っていないのに、覚えててくれたのだ。こちらが半田くんのことに気がついたのはつい先日だというのに。 「な、あれなんて飲み物なんだ?」 チョコレートチップフラペチーノと同じ茶色い髪が風にゆらりと揺れるのを見て、そうだ、今度一緒に飲みに行こうかな。と思った。 今度はカウンター席じゃなくて、2人がけの小さなテーブルに座って。 20110606 | |