異空の回廊が閉じたとき、フィリアの腕がヴァニタスにガッシリ掴まれた。フィリアの胸元から解放された彼は、頬を真っ赤に染めた顔で舌打ちをした。
「こいつを置いて、無価値なあいつを逃がすとはな……まぁ、いい。おまえが残っていれば、目的は達成だ」
一応、フィリアは彼の腕を振り払おうとしてみたが、やはりビクともしない。不機嫌まるだしのヴァニタスが、ジロリと睨みつけてくる。
「これ以上、面倒をかけるなよ」
ヴァニタスが手を振ると、周囲に控えていた魔物たちが溶けるように消える。フィリアが彼に引っ張られるように部屋を出ると、見慣れた城の中は武装した帝国兵であふれていた。
「ヴァニタス様」
兵士のひとりがヴァニタスに気づいて敬礼する。それに反応した他の兵士たちが整列している間に、フィリアは必死に周囲を見回した。宮殿の奥はすっかり帝国兵に制圧されている。使用人たちは一角に集められているのだろうか、ひとりも見つけらない。戦線にいるはずのエラクゥスはどうなったのだろうか。
「戦艦までお供いたします」
「いや、あれは使わない。衣を寄こせ」
丁寧に差し出されたのは、黒いコートのようだった。ヴァニタスはそれを掴むなり、雑にフィリアへかぶせてくる。
「わぷっ、なにするの?」
「着ろ」
敵国の兵士に囲まれ、逆らえる状況ではない。しぶしぶ着用すると、ヴァニタスが衣に付属していたフードをかぶせてきた。そしてフィリアが手袋まで着用したことを確認した彼は、闇の回廊を作り出す。異空の回廊と同じく、特殊な者だけが作り出せる抜け道は、どんなに距離があろうが、海や山も関係なく空間を繋げられる。
ヴァニタスが再びフィリアの手を掴み回廊の中へ歩を進めたので、フィリアはためらった。このままでは本当に帝国へ連れていかれてしまうが、もう助けが来ることは期待できないだろう。自力でどうにか脱出しなければならない。
ん? と振り向いたヴァニタスが、ああ、とひとり納得したように頷く。
「もし回廊の中で逃げ出して、はぐれでもしたら面倒だな」
言いながら、フィリアの手を掴んでいない方の掌を向けてくる。
「眠っていろ」
ヴァニタスの指先に宿った魔法の渦に包まれ、強烈な眠気に襲われる。フィリアはコテンと眠ってしまって、次に目を開けたときには、すっかり知らない部屋の中だった。
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