腰のリボンを絞めたメイドたちが、出来具合を見て満足げに微笑んだ。

「フィリア様、とてもお美しいですわ」
「重くて、苦しい……背の紐、もう少し緩めて」
「いけません。美しく見せるためです。耐えてくださいまし」

 ビジューとレースがふんだんに散りばめられた輝かしい白のドレスは見た目以上に重くて歩きにくく、ウエストがギリリと絞められているためフィリアは深く呼吸ができずにいた。ガラスのように透き通ったヒールは油断すると挫けそうになり、首には本物の大きな宝石があしらわれたネックレスまで下げさせられた。誰かの支えなしに満足に歩けないフィリアは、トドメと言わんばかりにレースのヴェールまでかぶせられる。闇の回廊を移動する間は、更に闇の衣まで上乗せされるとのことで、オーバーキルであった。

「用意はできたか」

 ノックもせずフィリアの部屋にツカツカと入ってきたのは、キチッと正装したゼアノート。背後にはサイクスが控えている。初めて会った時より勲章が増えていた。ゼアノートはフィリアを見ると驚いたように足を止め、数秒見つめたかと思いきや、思い出したように再び歩み寄ってくる。
 いつもより食い入るような視線にフィリアはダメ出しをされるのかとたじろいだが、とにかく衣装が重く苦しいので身動できず、上目遣いでゼアノートを見返した。

「……ゼアノート様?」

 おそるおそる名を呼べば、長く感じる数秒後に男がやっと口を開く。

「あぁ――時間だ。出発する」

 フィリアが返答する間もなくゼアノートが腕を掴み歩き出したので、フィリアは早々に足を挫きそうになった。振り向いたゼアノートにフィリアは情けなく眉を下げる。

「この格好、慣れなくて。早く歩けません」
「そうか」

 理解してもらえたかとフィリアがホッとしたのも束の間、ゼアノートはフィリアを横抱にしてきた。驚いて悲鳴を上げるフィリアにはお構いなしで、なんともない表情をしてスタスタ歩き出す。ご立派な勲章にドレスが引っかからないか気が気でない。

「自分で歩きます。お、重くないのですか」
「待っていたら間に合わない。それに、戦線の重装備に比べればこの程度、問題ない」

 比較対象が想像もしていなかったもので思わずフィリアは閉口する。確かに、ゼアノートのしっかりと筋肉がついた腕は安定感があって、突然「重い」とふり落とされる心配はなさそうだった。
 サイクスやメイドたちが無表情についてくるのがフィリアを更にいたたまれない気分にさせるが、この窮屈なドレスで暴れる体力もなく、フィリアはすぐに諦め大人しくゼアノートに運ばれることにした。
 今日は、新たな支配者たるゼアノートが光の王国の民たちの前でスピーチをする忌まわしい日だ。それでもフィリアは一時的とはいえ、やっと故郷に帰れることが嬉しかった。
 しかし、光の王国でフィリアが無事であること。ゼアノートに大事にされていること。これらを国民に見せつける。できればフィリアもゼアノートを受け入れている場面が撮れればなおよし、とサイクスに言われ、フィリアはおもいきり顔をしかめた。早速、王国を支配する道具として使おうというのである。

「なぜ私にこんな重たい衣装を着せる必要があったのですか?」

 数日かけて召使たちにせっせと作らせていたあのドレスである。
 フィリアが恨みがましくゼアノートを見上げると、薄く笑った表情が返ってきた。

「俺の寵愛を見せびらかすには、これでも足りないくらいだ」
「う……これ以上飾られたら、私、本当に動けなくなってしまいます」
「何もする必要はないし、何も話す必要もない。ただ俺の横に座っているだけでいい」

 自国の国民の前に立つのに、他国の人間から余計なことをするなと言われるのは屈辱すら覚えたが、フィリアは唇を噛んで堪えた。フィリアにとっては、改めて人質をつきつけられるようなものである。
 光の王国へ繋げられた闇の回廊へ入る前に、ゼアノートが足を止め、フィリアをジッと見下ろしてきた。

「自分の国に戻れるからと、逃げようなどと思わないことだ」
「そんなことができないこと、あなたが一番ご存知でしょう」

 逃げたら国民を殺すと脅されているし、何よりこんな重たいドレスを着ていたら一歩だってまともに動けやしない。
 フィリアは早く脱ぎ捨てたいと願いながら、故郷へと続く闇の回廊を見つめた。


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