ヴァニタスを加えた後も、ゼクシオンの授業はたんたんと進んだ。
 フィリアはゼクシオンの話を聞くふりをしていたが、意識は隣に座したヴァニタスにあった。フィリアにとって、ヴァニタスはヴェントゥスの弟ではありながら、彼とアクアをあんなに容赦なく傷つけ、ましてや殺そうとした恐ろしい相手である。ゼアノートのことについて多少教えてくれた時もあるが、とにかく警戒しないわけがない。
 そんなフィリアの心など気にもしていなそうなヴァニタスは、トロッとした色気を宿した嫌味ったらしい表情ではなく、退屈極まるといった顔でゼクシオンの帝国歴史の話を聞いていた。
 似てない髪型、髪色、瞳の色に、残忍な仕打ち。本当にヴェントゥスと双子なのかしら。そこまで考えたところで、ヴェントゥスやテラ、アクアの笑顔を次々と思い出し、フィリアは急に望郷の念が込み上げてきて、抑えられなくなった。

「フィリア様? 顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」

 ゼクシオンに顔を覗き込まれて、フィリアはさっと視線をそらしながら頷く。

「大丈夫です。それより、座学ばかりなので、体を動かしたいです」
「そうですか。それでは、ダンスのレッスンはいかがでしょう」
「え、ダンスですか?」

 ゼクシオンは表情ひとつ変えずに言った。

「帝国の王妃となる方が、帝国の音楽で帝国式のダンスを踊れないのは、ありえませんから」

 フィリアは王国式しか覚えていない。確かに、ごもっともである。

「王国式はご存知なのでしょう? それなら、そう難しくないでしょう」
「どうかな。こいつ、単純なステップすら怪しかったぞ」

 ヴァニタスは、フィリアとヴェントゥスのダンスをよぉく見ていたらしい。フィリアは、本日何度目かの、ぐぬぬともの言いたげに彼を見た。ゼクシオンが不敵にほほ笑む。

「大丈夫ですよ。優秀な先生が現れましたので」
「あ? 誰だよそれ」

 ゼクシオンがヴァニタスを見つめるので、察したヴァニタスがはぁ? と立ち上がる。

「どうして、俺が!」
「普段の僕は、ただのしがない研究員……さすがにダンスは専門外ですので」

 それでは、よろしくおねがいします。と、有無を言わさないゼクシオンに、ヴァニタスもぐぬぬという表情になっていた。





 それから場所を広間に移して一時間。フィリアはげんなりしたヴァニタスの顔を、青ざめた表情で見上げていた。

「あっ」
「うっ!」

 ステップを間違え、フィリアはヴァニタスの足をグリリッと踏んでしまう。まるで尻尾を踏まれた猫のように、彼は目を丸くして硬直した。

「〜〜おまえ、何度目だよ!」
「ごめんなさい。わざとじゃないの」

 足を抱えるヴァニタスに、フィリアが何度目かの謝罪を述べながら同じようにしゃがみこむと、ヴァニタスが「はーーーっ」と長い長い溜息を吐いてゼクシオンを睨んだ。

「俺はもう嫌だぞ。このままじゃ、足が潰される」
「仕方ありませんね」

 ゼクシオンが無表情なりに気の毒そうにヴァニタスを見ているので、フィリアはいたたまれなくなって、顔を真っ赤にして俯く。ヴァニタスはゆっくりテンポを落とす容赦がないため、何度も同じ場所で足をもつれさせていた。

「しかし、困りました。これでは授業になりません。他に手が空いていそうな人は――」
「別に俺じゃなくても、パートナーに直接教えてもらえよ」
「ああ。それもそうですね」
「それって、ゼアノート様のことですよね?」

 二人の会話に、フィリアは仰天した。これ以上ヴァニタスと踊るのも嫌だが、ゼアノートとはもっと避けたい。しかし立場上、彼らに本音は言えそうもないので、必死に頭をひねる。

「い――忙しそうだし、迷惑じゃないかしら」
「あなたが踊れないことのほうが、後々にゼアノート様への迷惑になります」
「ぐぅ」

 瞬殺である。フィリアはがっくり項垂れる。

「まぁ、試しに一度、会いに行ってみましょう」

 さぁさぁとゼクシオンに背を押され、渋々とフィリアは練習場を出た。ヴァニタスはゼクシオンがいるし、足が痛いからパスと言って、ついてこなかった。


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