満天の星が輝く下、白を基調とした荘厳な城の奥。王族だけが入ることが許される中庭で、フィリアはヴェントゥスと共にダンスの練習を繰り返していた。
「ねぇ、ヴェン。私、明日、ちゃんとうまくできるかな」
「何度も練習しただろ。絶対にうまくいくよ」
ニコッと目を細めるヴェントゥスを見て、フィリアも少し笑顔になる。
「それに、俺もちゃんとリードするから、安心して」
「ヴェンとのダンスは、ヴェンが助けてくれるって信じてる。でも、もし他の人から誘われてしまったらと思うと……足踏んじゃったりしたらどうしよう」
はううう……と胃のあたりを押さえるフィリアに、ヴェントゥスも困り笑いを浮かべる。齢十四を過ぎたら、貴族の娘は社交界へと参加するのが義務だ。王族ならことさら完璧な淑女であることを求められる。相手の足を踏みヨタヨタと踊る王女など、他国からの笑いもの。陰口のかっこうの的になってしまう。
「自信をもって。フィリア、とっても上手になったんだから」
「アクア!」
大好きな姉の登場に、フィリアは破顔して彼女へ駆け寄る。光の国が誇る青の妖精などと謳われる第一王女は、社交界にデビューしてからというもの、その美しさは瞬く間にウワサとなり、求婚の申込みが絶えない。
「私も、アクアみたいにできればいいのだけど」
「立派にやろうなんて考えなくていいのよ。楽しんで」
女性ながら剣を振るうとは思えないほど、ほっそりと美しい指がフィリアの髪を撫でる。
「それに、こういうことはやっていくうちに慣れるものだ。最初からうまくいかなくても落ち込むことはないぞ」
「テラ!」
アクアの後ろから、テラも現れた。王位継承者第一位に選ばれている彼は、政治を学び功績を収め実績を伸ばし、最近ますます多忙を極めている。社交の場ではその端正かつ爽やかな面立ちが女性たちから熱いまなざしを集め、影で彼女らの熾烈な争いが起きていることを彼は知らない。
久々の全員集合に喜び合いながら、フィリアたちはいつもの順で長椅子に腰掛けた。
「ねぇ、二人のデビュタントのときは、どうだったの?」
「そうね……」
星を見上げながら、アクアがう〜んと思案顔になる。
「テラの時は、女の子たちがみ〜んなテラに誘ってほしくて、テラの周りだけ人だかりになってたっけ」
「アクアの時は、周囲の男たちが恐れをなして遠巻きになってたな」
「ちょっと、テラ?」
低めの声で呼び、ぷんぷんとアクアが怒る。
「ふたりには、いいところを言ってくれないと。私も“足踏み王子”の話をしちゃうよ」
「さぁ、そんな古いあだ名、覚えていないな」
ふたりのかけあいでクスクス笑い合っていると、ふと、テラがきりだした。
「ヴェンには、いい話じゃないのかもしれないが」
サッと全員の表情が変わる。ヴェントゥスに気遣う話は、帝国関係の話しかない。
フィリアたちと兄弟のように育ってきたヴェントゥスは、光を崇める王国の出身ではなく、闇を操るとウワサされる帝国から預かった皇子だ。幼少の頃、病弱のためひどく弱りきっていた彼は治療のため光の王国へと預けられた。いまは成長し健康そのものであるものの、帰還の命令も許可もなく――もはや帝位継承権はないに等しいが、それでも皇子の身分は生きているため、光の王国では彼を良く思わない人間もいた。
実は、とテラは渋い表情をする。
「明日の舞踏会に、帝国の皇族が参加することが、今日になって急遽決まったんだ。誰が来るかまでは分からないが、かなり皇帝に近い身分の者のようだ」
他の三人がハッと息を飲みこむ。表向き友好を保っているが、最近他国への侵略が活発化している帝国とは、いつ戦争になってもおかしくない情勢であった。相手に何か後ろめたい原因を作らせ、そこを責め、最後には軍事侵略するのが帝国のやり口である。何か仕掛けてくるかもしれない。
「国王……マスター・エラクゥスは、友好の足がかりになればと歓迎している。もちろん、俺もそう思っている」
だが、とテラは年下のフィリアたちの顔をジッと見る。
「何かあるといけないから、おまえたちはなるべく関わらないようにしてくれ。もしあちらから近づいてきたら、俺たちの側から離れないようにな」
「う、うん……」
「心配することはない。何かあったら俺たちが必ず守るから、そんな顔をしなくていい」
明日は楽しむようにと改めて言い含められたが、やはりフィリアは、緊張やら不安やらで、どうしてもしょんぼりした。すると、次はアクアが「そうだ」と明るい声をあげる。
「私たち、最近それぞれが忙しくて、こうして一緒にいる時間がもてなくなっているでしょう? だから、せめて想い合えるきっかけになればと思って、お守りを作ってきたの」
涼やかな音と共に取り出されたのは、ガラスで精工に作られた星型のチャームだった。ひとつひとつ色の違うそれは、丁寧にそれぞれに渡される。
「きれい……」
「私たちは、どこにいても、何をしていても繋がっている。つながりのお守りだよ」
「俺にもくれるの?」
与えられた緑のお守りを見つめながら、ヴェントゥスが訊ねる。
「もちろん、みんなおそろいよ!」
アクアが星空にお守りをかざし、三人もそれに倣う。星空を背景に青、緑、橙、白の星型のお守りが並んだ。
そして、これが四人が一緒に星空を見上げる最後の夜となった。
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