ヴェントゥスが目覚めたのは、狭くて古そうな部屋の中だった。起き上がると、全身がズキズキと痛む。顔や頭だけでなく、腕や足先に至るまで、全身包帯でぐるぐる巻きにされていた。ミイラ男のような恰好をしたヴェントゥスは、なんの変哲もないベッドから降りながら、だんだんと思い出す。ヴァニタスに手ひどく負けて、血まみれになりながらフィリアを置きざりにして逃げた夜を。
「フィリア――……」
駆けだそうとして、体の中心から軋むような痛みが走り、ヴェントゥスは床に倒れた。包帯に鮮血がジワジワと滲んでいる。
「ヴェン、起きたのかい?――あぁっ!?」
ヴェントゥスが倒れた音に気づいて、隣の部屋から懐かしい友達が現れた。黒くて丸い耳をした、夢の国の王である彼は、ヴェントゥスの状態を見るなりピョンと飛び上がり駆け寄ってくる。
「ミッキー?」
「無茶したらだめだ。キミはひどい怪我を追って、二日も眠っていたんだから」
ミッキーはケアルの魔法を唱えるとヴェントゥスを支え、ベッドに戻るのを手伝ってくれた。光の王国で友だちになってから、数年ぶりの再会であった。
ヴェントゥスは魔法でふさがった傷口を確認しながら、彼に訊ねる。
「二日も……?」
「魔法で治療し続けて、なんとか傷がふさがってきたところなんだ。いまは安静にしないと」
「けれど、俺、フィリアを助けに行きたいんだ」
「まず、キミの傷を治すほうが先だよ」
ミッキーが悲しそうに見つめてくる。はやる気持ちを抑え、ヴェントゥスは仕方なく話題を変えた。
「アクアはどこ?」
「彼女は、もう、ここにはいない」
「俺を置いて行ったのか? どうして。どこに?」
ヴェントゥスがまた身を乗り出しかけたのを、ミッキーが制する。
「順を追って説明するよ。でもその前に、お腹は減っていないかい?」
そんな気分ではなかったが、そうしなければ話してもらえないのだろう。ヴェントゥスは内心渋々ながらも、彼に合わせることにした。
ミッキーの説明を聞いて、ヴェントゥスは己を取り巻く状況を整理した。
アクアが繋いだ異界の回廊は、この夢の国と光の国の狭間にある、魔法使いの塔へと繋げられていたこと。
あの後、帝国に侵略され、国王が死んだこと。イェンシッドの聞く星のささやきでも、そのような結果が伝わってきたこと。
ヴェントゥスより軽傷であったアクアは、ヴェントゥスをここに預け、早々にテラを探しに行ってしまったこと。
フィリアは、帝国本土へ連れていかれたらしいこと。
「この塔の主で、僕のマスターであるマスター・イェンシッドは、今回の帝国の動きについて、マスター・エラクゥスから相談を受けていた」
ミッキーが一段声を低くして話す。
「帝国は、日が増すごとに強引な手段で他国を支配、侵略していたからね。光の王国と夢の王国、双方で水面下で連絡を取り合っていたんだ」
ヴェントゥスは黙って彼の話に耳を澄ませる。
帝国側の婚姻申込の真意の確認。魔物の発生による王国の急速な治安の悪化。テラの失踪に、帝国へ手引きしている者の可能性、またその特定など……いろいろかき乱されている間に、王国の城を守っている魔法が解かれ攻め込まれ、国王が殺されてしまった。あの時、命からがらフィリアが逃がしてくれなければ、ヴェントゥスとアクアも帝国側の手に落ちていたところまでが筋書きであろう。
「ごめん……」
力になれなかったと、ミッキーが肩を落とすので、小さい体がますますちっぽけに見え気の毒だった。
「ミッキーたちのせいじゃないよ。俺も、すぐ側にいたのに、何もできなかった……」
泣きじゃくるフィリアを抱きしめることしかできなかった日々を思い出すと、ヴェントゥスは悔しくて仕方なかった。彼は腕の包帯を結びなおすと、ミッキーに向き直る。
「俺、みんなを助けなくちゃ」
ミッキーも、しゃんと背をのばして頷いた。
「僕も協力するよ。それに、味方は僕たちだけじゃない。他にもキミに紹介したい子たちがいるんだ」
そして、ヴェントゥスは「ソラ」という名前を聞く。夢の国の端っこにある国で、帝国軍のアンセムが侵略してきた際、友と共に追い返したキーブレード使いの少年であると。
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