ゼアノートがどのようなつもりであんな言葉を吐いたのか。フィリアが知るのはすぐのことだった。
 予想外のことばかり起きた、嵐のようなデビュタントを終えてから、フィリアの生活は一変した。新ネタを仕入れた吟遊詩人たちは、王国の第二王女がいかに可憐で愛らしく美しいかを尾ひれ背びれつけて国民たちへ謳っているし、噂を聞きつけた各国、各貴族からパーティの誘いや見合いの申込み等が舞い込んでくるようになった。

「アクアのときよりも多いって、侍女たちがはしゃいでた」

 いつものように、フィリアの自室のソファに腰掛けたヴェントゥスが苦笑する。その前には、山のように積み上がった招待状たち。便箋には小さな花がくっついていたり、可愛らしい模様が入っていたりしているが、ぞんざいな扱いを受けている。
 フィリアは封筒を開くどころか、手を伸ばしすらせず、うんざりとため息を吐いた。

「アクアは第一王女でも、キーブレードの継承者だからね。私は何にも持っていない、ただの第二王女だから、みんな気軽に寄こしやすいんだよ」

 世界三大国家である光の王国、闇の帝国、そして夢の王国の王は、代々キーブレードという特殊な剣に選ばれた者でなければならない。その剣に選ばれるのは儀式を済ませた王族であり、国の危機にはその剣をもって民を守る義務があるのだ。フィリアは儀式を行っていないため、当然、テラやアクアのように剣も出せない。ヴェントゥスは、王国に来る前に帝国で儀式を済ませてきたらしい。彼にもその剣は宿っており、日夜テラたちと訓練をしている。

「手紙、見ないの?」

 ヴェントゥスがフィリアの顔色を窺ってくるので、フィリアもヴェントゥスの瞳を覗き込んだ。

「ヴェンこそ、気になる子とかいないの? 手紙、送ってないよね」

 しばしの沈黙。フィリアはヴァニタスの存在を思い出し、ずっと考えて事を言うべきだと判断した。

「あのね……ヴェンが嫌じゃなければなんだけど。私とヴェンが結婚するのってどうかな」

 共に育ってきたとはいえ、正式には、ヴェントゥスは未だ帝国から来た客という扱いであるから、婿養子となれば、堂々と家族として、ずっとここにいられる。さらに、王位継承権の資格がない力なき第二王女と、帝位継承権がないにも等しい皇子の結婚は、誰に害を与えるものでもなく、なんの障害もないように思えた。

「そうすれば、私たち、ずっと一緒にいられるでしょ?」
「それはそうだけど、でも……」

 ヴェントゥスがハッキリと答えないので、フィリアは不安になった。

「私と結婚するの、イヤ?」
「イヤじゃない!」

 ガタッとヴェントゥスが立ちあがったので、フィリアはびっくり顔で彼を見上げる。ヴェントゥスは頬を染めて、フィリアが見たことのないような表情をしていた。

「俺だって、フィリアたちと一緒にいたいって、昔からずっと思ってた。けどそれは――フィリアを利用してるみたいで、言えなかったんだ」
「ヴェン……」

 うつむくヴェントゥスへ、フィリアも席を立ち駆け寄る。その手を取り、引っ張った。

「父さまのところへ行こう」

 エラクゥスとは、すぐに面会を許された。目じりにしわを蓄えた瞳からのまなざしを感じるたび、フィリアは愛娘として可愛がってもらっているのを実感する。

「どうした、そんな真剣な顔をして」
「父さま、今日はお願いがあって来ました」

 そうして、ヴェントゥスと結婚したい旨の話を説明すると、彼は寂しそうだったり、嬉しそうだったり複雑極まった表情をくるくる見せた。

「ヴェントゥスのことは、私も本当の息子のように思っている。しかし、フィリアよ。聞くに、肝心のところを確認していないのではないか」
「えっ、帝国側の返事ですか?」

 やれやれ、とため息を吐く父親に、フィリアはじれったい気持ちになった。

「おまえは結婚をヴェントゥスを家族にする手段のように語っているが、互いに好いているかどうかが最も大切なことであろう」
「あっ」

 ハッとして、フィリアは言葉をつまらせる。ヴェントゥスのことは好きであるが、恋愛として好きなのかと言われるといまいち判断がつかなかった。本当の弟のヴァニタスよりも確実な彼との絆を欲していただけなのだろうか。
 フィリアがヴェントゥスを見上げると、彼は照れたように笑った。

「おまえたちはまだ若い。急ぐことはない。ゆっくり考えて、自分の心を感じてみなさい。結婚のことを考えるのはその後でよいだろう」

 今日はもう下がるように指示されて、素直に部屋を出ようとしたとき、血相を変えたテラが入ってきた。その手には一通の封筒があり、よく見なくても格式高いものだと分かるほど純白で美しい封筒だった。

「テラ、どうしたの? 顔が真っ青だよ」
「フィリア。ヴェンも、ここにいたのか」
「テラ。それ、帝国からの手紙だろ」

 ヴェントゥスがテラの持っていた封筒の封蝋を指す。刻まれた紋章は、確かに公式な帝国のものである。テラは明らかに動揺していた。

「おまえたちには、まだ言わないでおこうと思っていたが――大変なことになった」

 人の口に戸は立てられない。テラの持っていた封筒の内容――帝国より、帝位継承第一位のゼアノートから、王国の第二王女へ結婚の申込みがあった話は、あっという間に城じゅうへ、国じゅうへと広まってしまった。


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