運命の、デビュタントの日。
 早朝からメイドたちにあちこちいじられ、こねくり回されながら着飾ったフィリアは、すでにヘロヘロになりながらも、その場へと足を進めた。
 会場の扉の前では、正装したヴェントゥスが待っていた。光の王国の色である白の衣装である。彼は現れたフィリアを見て、目を丸くした後、にっこり微笑む。

「すごくきれいだから、見惚れちゃった」
「ありがとう……なんだか、ヴェンにそう言われると恥ずかしいな」
「えっ? 正直な感想だよ」

 だから、恥ずかしいって言っているのに。心の中で答えながら、フィリアは差し出されたヴェントゥスの手に、己の手を重ねた。まるでガラス細工を扱うように握りしめられる。

「じゃあ、行くよ」
「うん」

 扉が開かれると、光をかき集めたかのようにまばゆく輝く空間に目がくらんだ。中にいた者たちからの含みのある視線を一斉に浴びながら、光の王国の第二王女が世間にお披露目される。エスコートするヴェントゥスも緊張しているようで、まるで互いに支え合うかのように会場を進んだ。
 会場の最奥には国王のエラクゥスとテラとアクアが待っていた。保護者たちの暖かなまなざしにホッと息を吐く。

「本日は、記念すべき日となる」

 国王であるエラクゥスの形式ばった舞踏会の挨拶を聞いた後、フィリアと同じように十四になり、社交界へとデビューした少年少女たちが共にダンスをすることとなる。王女は中央で踊らなければならない。ヴェントゥスに腰を抱かれて移動していると、大胆にも、すぐ近くをすれ違う者がいた。

「やっと会えたな――ヴェントゥス」

 低い囁き声に、ハッとヴェントゥスと共に振り向く。帝国式の真っ黒な衣装、真っ黒な髪、瞳だけが金色に輝いている。まるで黒猫のように綺麗な少年が、ヴェントゥスに嗤いかけていた。
 目が合ったのは一瞬だけ。そのまま彼は連れの少女と共に自分たちの位置へと行ってしまう。
 動揺していたが、音楽が始まったため、フィリアはヴェントゥスと踊りはじめながら、彼にしか聞こえない声量で問うた。

「ヴェン。あの子が昨日、テラが言っていた人?」
「ヴァニタス。俺の双子の弟だよ」

 動揺していないわけがない。ヴェントゥスは穏やかな笑みを崩さないよう努めているようだった。

「けど、ヴァニタスの帝位継承権は俺よりちょっと上くらいで、それほど高くないはずなんだ」

 ヴァニタスの踊ってる方向からあからさまに視線を感じ、フィリアは緊張のままヴェントゥスの手を握る力を強めた。気づいたヴェントゥスがニコリと笑む。

「俺のことなら大丈夫。それより、笑顔で踊ろう。せっかくフィリアがこんなに綺麗なんだから」
「けど」
「それに、今だけは、俺のフィリアだと思いたいんだ」
「え?」
「ほら、いつも間違えやすいところがくるよ」

 ステップが複雑なところに差し掛かり、表面上は優雅に、内心は焦りながらも踊りぬく。上手にできた。やったね! と微笑むヴェントゥスに笑み返し、フィリアは雰囲気に流されてゆく。


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