まるでずっと城に住んでいたかのように、ソラは隠し通路を熟知していた。ヴェントゥスに聞いたのだと言っていた。
 なんとか帝国の包囲網をかいくぐれたらしく無事に城の屋上にたどり着くと、あちこちから爆発するような激しい音が反響してくる。フィリアは恐怖を堪えようとソラの手をぎゅっと握った。しっかり握り返されてわずかに安心感を覚える。
 城の屋上には誰の人影も見当たらない。フィリアはすがる気持ちでソラを見上げた。

「ソラ。ヴェンはどこにいるの?」
「えぇっと……待ち合わせ場所はこっちだよ」

 そうして一本の塔の影に入りこもうとして、唐突にソラに突き飛ばされた。悲鳴をあげてしりもちをついたフィリアが、ややあってソラの方を見ると、黒コートの大男がソラと剣を交わせていた。舞踏会でゼアノートの側にいた前髪を垂らした男だ。太い筋肉の腕の大人と華奢な子供。フィリアには体格的にソラが不利に思えた。

「ソラ!」
「先に行って! そっちの塔をまっすぐ!」

 たじろいだが、フィリアはソラに従った。彼らが戦う音を背に走る。ソラの指した方向は行き止まりになっていた。真下には友と過ごした中庭があるだけで、他に目ぼしいものはない。誰もいない。どうしたらいいのかフィリアが周囲を見回していると、唐突に上空からキーブレードが降りてきた。ヴェントゥスだ。

「フィリア!」

 バルコニーで見た時と違って、ヴェントゥスは鎧を纏っていなかった。腕にも足にも頭にもぐるぐる包帯を巻きつけて、足からは血を滲ませている。再会の喜びと、彼のあまりにも痛ましい姿にフィリアは瞳に涙を浮かべた。

「ヴェン……!」
「みんなが協力してくれたんだ。さぁ、こっちへ」

 キーブレードライドで浮かび続けたまま、ヴェントゥスはフィリアに手を差し出してくる。フィリアはすぐにその手を取ろうと己の腕を伸ばして――己の手首に巻きついて外れないあの腕輪を見てしまった。途端にすっかり忘れていたゼアノートの言葉が次々とフィリアの脳裏に蘇る。

「あっ……」

 ビクッとフィリアの手が引っ込んだ。ヴェントゥスから戸惑いの声があがる。

「だめ。だめだよ。私、行けない」
「どうして!?」

 フィリアは震えながらヴェントゥスへ告げる。

「あの人が、私が逃げたら国民をたくさん殺してでもあぶりだすって。だから」
「そんなの、フィリアを従わせるための脅しに決まってるよ。俺が守るから、一緒に行こう!」

 実際に国民たちの姿を目にしてきたばかりだ。フィリアは彼らの顔を思い出しながらヴェントゥスへ首を横に振る。

「怖いの。もう私のせいで、誰かが傷つくなんて――」

 そのとき、突然、ドンと大きな音がした。ヴェントゥスの胸に青くて細い刃が刺さっている。ヴェントゥスがコポリと血を吐いた。

「え……?」
「きちんと俺の言葉を覚えていたな」

 穏やかな男の声がフィリアの背後から近づいてくる。
 鞭のように長くのばされたゼアノートのキーブレードの刃はヴェントゥスの胸から背まで貫通していて、彼が手首を回すだけでずるりと抜ける。ヴェントゥスの体はキーブレードライドから振り落とされ、呆然と見つめるフィリアの目の前で無惨に地面に叩き落とされた。




20.12.25


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