空飛ぶキーブレードに民衆たちも気づきはじめ、バルコニー下の広場は大歓声で満たされた。

「ヴェン!」

 驚きと喜びに戸惑いながらフィリアがキーブレードを見上げていると、ゼアノートが動き出し、あっという間に幕の内の奥へ連れ戻された。幕が降ろされ外の景色が見れなくなる。ぞろぞろと寄ってきたサイクスを含む屈強な男たちと視線を交わしあうゼアノートを見て、フィリアはヴェントゥスを捕らえにいくつもりだと気がついた。
 サイクスたちが動きだし、拘束具のようだったゼアノートの手があっさり離れてゆく。今度はフィリアが彼の手を掴んだ。

「待って!」

 ゼアノートは目を見開いて振り向いたがすぐにいつもの見透かすような笑みに戻り、フィリアの顎を持ち上げ囁く。

「大好きなヴェントゥスに、もっと近くで会わせてやろう」

 パっと手を放し、ゼアノートはサイクスたちと同じ方向へ去って行った。残されたフィリアは追いかけようとしてすぐにヒールのせいで転ぶ。いくらヴェントゥスがキーブレードで戦えるといっても、ゼアノート達数がかりで襲われたら。

「さぁ、フィリア様。こちらへ」

 帝国のメイドたちが、床に座り込んでいるフィリアを立たせようとしてくる。
 フィリアは決意するとヒールを脱ぎ捨て、膨らんだドレスの裾を抱えて走り出した。メイドたちが慌てて名を呼んで追いかけてくる。きつい締めつけのドレスとフィリアの体力ではすぐに追いつかれると思ったが、その前に煙幕が飛んできた。視界が真っ白で何も見えなくなり、メイドたちが咳き込みながら悲鳴をあげている。
 フィリアも煙幕のせいで足を止めると、誰かに手首を掴まれる。とっさに振り払おうとする前に、聞き覚えのない少年の声が優しく話しかけてきた。

「だいじょうぶ。助けに来たんだ」
「だれなの?」
「とにかく。俺についてきて」

 まるでヴェントゥスのように気遣ってくれている手の強さに、フィリアは直感で彼を信じようと思った。手を引かれるまま煙幕のなかを必死で走る。





 真っ白な煙の中を手を引かれるまま必死に走って、走って、急に止まった。彼が扉を開く音がしてその中に入りこむ。
 城のいたる場所に設置されている隠し部屋の一つだった。物置きにされてるようだ。空の木箱や薄汚れたカーテンが適当に置かれ、床には埃が積もっている。
 必死に息を吸い込み弾んだ呼吸を整えながら、フィリアはやっと自分を連れてきた男を見て仰天する。ヴァニタスと瓜二つの少年だった。年齢も近く、違うのは髪色が黒ではなく茶であること。澄み切った青い瞳はヴェントゥスに似ている。素直そうな男の子だ。少年はフィリアへヴァニタスでは決して浮かべないであろう人懐っこい笑顔を浮かべる。

「俺はソラ」
「ソラ? 私は」
「知ってるよ。フィリアだろ」

 フィリアは頭の中でソラの名を繰り返し、忘れまいとした。少なくとも王国の貴族にソラという名の子息はいなかったはずだ。

「ヴェンと友だちなんだ」
「ヴェン! そうだ、急がないとヴェンがあの人たちに捕まっちゃう……!」

 一番大切なことを思い出しフィリアがソラへ身を乗り出すと、ソラは凛々しく頷いた。

「大きな通路は見張りだらけだ。隠し通路を行こう」
「はい。ウッ……」
「どうしたの?」

 さっそくソラと走り出そうとして、フィリアはドレスのキツさに呻く。ソラはコロコロ表情を変え、いまはフィリアを心配そうに気遣ってきた。とても悪人には見えない。

「このドレス、背の紐がきつくて苦しいの」

 解こうとしても固く結ばれていてうまくいかない。急いでいるのに。フィリアが焦れているとソラが顔を真っ赤にして「その紐を?」と狼狽えている。

「解けない? それか切って」

 頼みながら、フィリアはフリルがふんだんについたドレススカートの裾を思いきり引っ張り破く。ボリュームが減って少しは動きやすくなった。宝石とヴェールも外しずいぶん身軽になったところで、ソラはモダモダとした口調で「わかった。それじゃあ動かないで」と、慎重にドレスの背の紐を切ってくれた。脱げないがやっと深呼吸ができる程度に服が緩む。

「ありがとう――えっ、キーブレード?」

 振り向きざま礼を言っていたフィリアは、ソラの手元を見て仰天する。一方でソラはフィリアの驚きを「ああ、うん。そう」なんて特に気にした様子もなく剣を消し、再度手を差し出してくる。

「ヴェンが待ってる。早く行こう!」
「はい……!」

 今度こそフィリアはソラの手を取り、共に隠し部屋を飛び出した。


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