タールのような闇の回廊の中を進み唐突に見覚えのある場所へ抜け出でたとき、フィリアはゼアノートにしがみつくのをやめてきょろきょろ辺りを見渡した。いつもヴェントゥスたちと星空を見上げていた王国の中庭だった。蓮の花が浮かぶ噴水の庭園は木が焼かれ、銅像が破壊され、花壇が踏み荒らされている。
 大切な場所の凄惨な状況を見るやフィリアはゼアノートの手から降りようとしたが、抱きしめられる力が強まり叶わなかった。フィリアは彼を睨み抗議する。

「離して、もう降ろしてください」
「それを決めるのは俺だ」

 フィリアはムッとして彼のたくましい胸板を叩いたり足をジタバタ揺らしてみるが、それだけだ。あっけなく封殺されて早足で進んでゆく。途中、古い顔馴染みのメイドや執事、兵士たちがひれ伏している姿が見えたが声をかけるどころか視線を交わすことすらできず、帝国の者たちにぞろぞろ囲まれ中庭を出て長い廊下に入った。先陣きって歩くゼアノートの横へフィリアにも見覚えのある背の高い男が側に寄ってくる。舞踏会の日にゼアノートの横に立っていた前髪を逆立てている男だ。男はフィリアに目もくれずゼアノートへ顔を寄せる。

「準備はすべて完了している」
「わかった」

 ゼアノートへ耳打ちする太い声の内容がフィリアにも聞こえた。城の正面にあるバルコニーへ続く廊下へ入る。王国の者はことごとく除かれ、まるで帝国の城のであるかのように帝国の兵士ばかり侍らせられていた。
 普段は閉じているバルコニーへの扉は省かれ分厚い赤カーテンが張られている。閉じていてもその向こうからたくさんの人のざわめきが聞こえてくる。そこで唐突に降ろされて、フィリアは思わずゼアノートを見上げた。ジッとフィリアを見下ろしてくる男は何を思ったのかフィリアの顔が隠れるようにヴェールを深くかぶせてくる。

「わぷっ、なにを」
「おまえは黙っていればいい」

 黒コートを脱がされたあと右手を掴まれ腰を抱かれ、エスコートされるまま幕があがる。澄んだ青空とヴェールごしにも肌に感じる大衆の熱と歓声に包まれフィリアは息を飲み込んだ。王家は基本、デビュタント前に公式の場に出ることはない。心の準備もなく見せられた初めての光景にフィリアの足はゼアノートに支えられなければ立っていられないほど震えあがった。
 国民はフィリアを見て哀れむような顔をする者、喜んだ顔をする者、ゼアノートを睨んだり怒り顔になる者などさまざまだ。フィリアがぼうっと民衆を眺めているとゼアノートが掴んでいた片手を持ち上げ口づけてくる。登場した時よりも民衆が様々な顔に変化した。
 ふと、ゼアノートの力が強まった。フィリアが彼を見ると彼の視線は空を見つめており、口端を釣りあげて笑っていた。

「――来たな」

 何が。疑問を浮かべながらフィリアも空を見上げすぐに気づく。青空を飛びまわる、大きく翼を広げた黒い鳥――ヴェントゥスのキーブレードライドが飛んでいた。





2020.12.20


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