立場からしても、とにかく忙しそうなゼアノートがどこにいるのか、ゼクシオンは知っているようだった。
「この時間なら、あちらに行ってみましょう」
あちらとはどちらなのかも言わず、彼はスタスタフィリアを導く。あいも変わらず、広々としているのに誰もいない廊下である。
フィリアはここぞとばかり、ゼクシオンに質問した。
「ゼクシオン。どうしてこのお城には、誰もいないの?」
「いまは特にゼアノート様の信の置ける者しか、城の奥にはおりません。加えて、みんな闇の回廊を使いますからね。いちいち廊下を歩いているのは……あなたくらいではないでしょうか」
衣がなければ、渡れない回廊。確かに、制服のように全員がその衣を着こんでいた。
「衛兵や下働きの者まで、みんな闇の回廊を使ってるの?」
「いえ。さすがに全員が使えるものではありません。まぁ、彼らがなぜこの辺りにいないのかは、すぐに分かりますよ」
ですから遅れずについてきてくださいね、と釘をさされ、しばらくトコトコ無言で歩く。そうして広大な廊下を結構な早さで歩き、やっと着いたのは、簡素な扉の前だった。中からはたくさんの人の声がする。
「ここです」
ゼクシオンがノックもせず開けると、十数人のメイドたちがフィリアの目に飛び込んできた。彼らの中央には一着の輝くような白のドレスがマネキンに着せられている。
ドレスにビーズやレースを縫いつける者。長いヴェールを抱え、あれこれ議論している者。花飾りをつくっている者。護衛らしき男にあれこれもってこいと指示している者。彼ら全員がフィリアたちの登場に気づかないまま、バタバタと作業に追われていた。
その中には、フィリアに食事を運んだり、部屋を掃除する召使いたちもいた。最低限の世話だけして、あとはこちらへ針子として作業しているようである。
「あのドレスはなに?」
「あなたのですよ」
「私の?」
「ええ。――聞いていないのですか?」
何を、と問うように見上げると、ゼクシオンが突然、何かに気づいてそちらを向く。
「あ。ほら、いらっしゃいましたよ」
ゼクシオンの視線の先に闇の回廊が生まれ、ゼアノートとそれに付き従うサイクスが現れた。公務の合間に立ち寄ったようで、彼らに気づいた召使たちが慌てて立ち上がり、礼をとる。
「間に合いそうか?」
「はい。ほぼ仕上がっておりますので」
この場の責任者らしき者の答えに頷きながら、ドレスを無感情な瞳で眺めていたゼアノートが、フィリアたちに気づく。かしづく召使いに囲まれる中、堂々たる姿はさすが王者の風格に満ちており、思わずフィリアもゼクシオンにつられて彼に頭を下げた。
ゼアノートがつかつかとフィリアの前まで歩いてくる。
「なぜ、ここにいる」
「フィリア様の気分転換に。あと、ダンスのレッスン相手が不足しておりまして」
ゼクシオンの説明を聞きながらも、ゼアノートの視線はじっとフィリアに向けられていた。仕方なく、フィリアも彼の瞳を見つめ返す。またあの時のような、探る目つきだ。
「ヴァニタスはどうした」
「ヴァニタス様は足を大けがされたようなので、休んでおられます」
「あいつが、大けが?」
「はい。足を踏まれ過ぎたみたいですね」
「ゼクシオン!」
フィリアがひぇっと顔を赤くすると、ゼアノートは再びあの考える顔を見せたあと、フィリアの手を掬い取った。
「姫が我が国のことで努力されているのなら、協力しなければな」
「わっ……」
そうして、その場でくるくる踊り始めることになり、フィリアはゼアノートの靴を踏まないよう、必死に足を動かすはめになる。身長のつり合いはヴァニタスのほうがとりやすいはずなのに、どれだけよろけても力強く支えてくれるところや、ミスがあっても周囲にバレないようカバーするだけの技術力など、初めて出会ったときのように、非常に踊りやすい。
相手がゼアノートであるはずなのに、どんどん思うように踊れることは、まるで自身の上達のように思え、フィリアは楽しいとすらと感じた。
どれだけ踊っていただろうか。音楽すらない中、夢中になって踊っていると、ピタッとゼアノートが動きを止めたので、そこでフィリアは我に返った。
「この程度できるのであれば、問題ない」
しかし、動きを止めても腰に回った手も繋いでいる手も離れないため、くっついたままだ。
「ありがとう、ございます……?」
まるで瞳から魂まで見透かそうとしているかのように、ゼアノートが見つめてくるため、フィリアはおそるおそる礼を言うと、ゼアノートの表情が若干和らぐ。
「明後日には、王国へ向かう。これは、そのための衣装だ。できあがったら、試着してみるといい」
ゼアノートの手が離れ、急速に掌のぬくもりが冷めてゆく。フィリアはなんだかそれが嫌で、己の両手を握りしめながら、召使たちが必死に縫っているドレスをもう一度眺めた。
2.5.24
傾国 / トップページ