裏道に構えている王国の酒場は、男ばかりで賑わっていた。ゴキゲンな若い男は、店に入るなり鼻歌を歌いながらカウンターへ近づいた。
「おっちゃん、酒と、おススメを大盛で」
「あいよ」
注文を済ました後、ぐるりと店内を見回して、待ち人を見つける。白髪交じりの黒髪を腰あたりまで伸ばした眼帯の男が、つならなそうにチビチビ酒をあおっていた。男は片手を上げながら彼に近寄る。
「お待たせ〜。久しぶりじゃない?」
話しかけられた男も、グラスから唇を離しニヤリと応えた。
「よぉ。売れっ子吟遊詩人どの。景気がよさそうだな」
「おかげさまで。何か食べないの?」
「もう先に食った。この国のメシはうまい」
「酒もね。ちょっと甘くて、俺好み」
どっかり腰掛けながら、男はすぐに渡された安酒をあおる。あっという間に半分以下になったカップが机に置かれたタイミングで、眼帯の男が口を開いた。
「で、感触はどうだ?」
「んー?」
すると表情が一転、男は困ったようにポリポリと頬をかいた。
「どう繕っても、帝国はいい印象もたれてないからさぁ。とりあえず今のところ、皇子がいかに立派な人で、王女にゾッコンかってところだけを強調してるよ」
愛らしい姫に一目ぼれした大陸の支配者たる皇子が、婚姻を申込むも色よい返事がもらえず、他の男に渡すくらいならと、いてもたってもいられず国を攻めた。王は心労で“病死”してしまった。王位継承者の王子と王女は混乱の最中、行方不明となってしまった――いかに恋を理由にしたとて、帝国は勝手な侵略者である。当然、国民に反帝国意識は根強かった。しかし、王都に入るなり城を押さえたので、民間人の被害は極力少なく、今まで帝国が支配してきた国々よりは表面上、大人しい。
「もうしばらくしたら、惚れた弱みで、あのカタブツの皇子が姫の尻に敷かれてるみたいだってウワサにしようかな。自治権、認めるんでしょ」
「みたいだな。いかに大国が相手とはいえ、なんでこんな面倒くさいことをするかねぇ」
「さぁ。本当に惚れちゃったからじゃないの?」
やれやれと肩をすくめていた眼帯の男も、酒を空にした男もそこでひたとお互いを見つめ
「ハハッ、ないな。なんせ、あの皇子だ(ぜ)もん」
と笑い飛ばす。
「いままで寄ってきた女の子、全部フッてるんでしょ。俺なら考えられないね」
あの皇子、未だ十代後半であるくせに、すでに幼女から熟女いたるまで、星の数ほどの美女に言い寄られてきた男である。多少好みから外れるにしても、美女ならつまみ食いくらいはしたいと思うのが男であり、あの年齢だ。まさか本当に男の方が好きだったりして。気をつけよう。絶対知られることのない心の中なので、吟遊詩人はとても自由に考える。
「俺も姫をひと目、見てみたいなぁ。お姉ちゃんも妖精って呼ばれるくらいカワイイって噂だし」
「サイクスによると、今度、皇子とこっちへ来る段取りだってハナシだぞ」
「そうなんだぁ。あ、おっちゃん、酒おかわり!」
あいよー、という返事が届く。
吟遊詩人が思い出したように「そういえばさぁ」と言いながら、机に肘をついた。
「ヴェントゥス皇子って、国民からは、結構、人気高かったみたいなんだよね」
「猊下に見捨てられたとはいえ、あれでも一応、キーブレード使いだからな」
治安維持の際、王族は鎧姿で民の前に現れる。帝国出身のヴェントゥスも鎧姿で幾度も助けてくれたのだと、民からの信頼は厚かった。
「幼馴染だし、年齢も近いから、第二王女さまとヴェントゥス皇子が結ばれるんじゃないかって噂も、かなり昔からあったみたい」
「まぁ、そうだろうなァ……そんな大事なお姫様を放っておいて、いったいどこへ逃げたのやら」
ガタッと机が鳴る。吟遊詩人が驚いて机を蹴ってしまったせいである。
「ウソ、まだ見つかっていないの?」
「異空の回廊を使ったそうだ。もし夢の国あたりにまで逃げていたとしたら、簡単にはいかないだろうな」
そこで料理と酒のおかわりが届いたので、ふたりは一度会話を切る。大皿に山盛りにされた料理へ、吟遊詩人は「うまそう!」と満面の笑みで食べ始めた。
2.5.2
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