目を離すとすぐケンカをするヴェントゥスとヴァニタスに別々の部屋を与え、あれこれエラクゥスからの指示で子どもの世話を焼いているうちに就寝の時刻になっていた。
 しんと静まり返った大広間。中央の椅子で読書していたゼアノートの元へエラクゥスがやってくる。ゼアノートの横の席に腰かけた彼は、疲労をにじませた息を吐いた。

「なぁ、ゼアノート。おまえも――」
「断る」

 エラクゥスが言い終わる前にゼアノートが即答したため、エラクゥスが驚いてゼアノートを見た。

「おまえの弟子も増えたんだ、俺にばっかり押しつけてずるいぞ」

 不満を訴えてくるエラクゥスを、ゼアノートは睨みつけた。

「俺はいつまでもここで暮らすつもりはない」
「そんなこと言ったってあの子たちを放ってはおけないだろ。まだ大人の助けが必要な年齢だ」

 ゼアノートは本を閉じて立ち上がり、キーブレードを出して切っ先をエラクゥスに向けた。エラクゥスの顔つきがすっと真剣なものへ変わる。

「なんのつもりだ?」
「エラクゥス。おまえと戦っている最中に俺たちはこの奇妙な空間へ閉じこめられた。なら、もう一度俺とおまえが戦えばここから出られるんじゃないか?」
「それは――そうかもしれないな」

 キーブレードを突きつけられている状況だというのに、エラクゥスはすまし顔で椅子から立ち上がろうともしない。ゼアノートがキーブレードを握る手に力をこめるも、エラクゥスはプイと顔をそらした。

「だとしても俺は、今はおまえと戦わない」
「なぜだ?」
「少なくても、ここにいる間はおまえがキングダムハーツを開くのを止められるだろ」
「な――――」

 絶句したゼアノートへ、エラクゥスはカラッと笑いかける。

「俺を消したら、おまえは元の世界へ戻る手立てを失うってことだけは伝えておくぞ」

 そうしてエラクゥスは「おやすみ」と言い残して去っていった。残されたゼアノートは愕然と椅子に座りなおす。エラクゥスの瞳は真剣だった。
 たとえば急襲したら。それとも子どもを人質にしてエラクゥスへ「戦え」と要求したら――それでも素直に戦いに応じるだろうか? 加えて未来の情報で見た姿より幼い弟子たち。彼らに何かあった場合、未来にも影響するのか? わからない――。

「エラクゥス……まさか、ここまでするとは」

 ゼアノートは目を閉じて天井を仰ぐ。少年時代から能天気な天真爛漫に見えるも、実は正当後継者として深い知識をもち闇を毛ぎらうほど憎んでいるエラクゥス。彼が単純な思考回路でないことはゲームの敗北の数ほど知っていたはずなのに――油断した。
 ゼアノートはキーブレードを消すと、静かに古書の続きを読み始めた。





 次の日。
 今朝も朝練を終えたゼアノートが前庭に来ると、テラとアクアの横でヴェントゥスとヴァニタスも素振りしていた。彼らもまたキーブレードを継承しているが、呼び出すことができないらしい。粗雑な木剣で素振りをしていた。

「おはよう」

 いつものようなさわやかな笑顔で挨拶してくるエラクゥスへ、ゼアノートも一応挨拶を返す。ふと視線を落とすとエラクゥスの足にフィリアがひっついていることに気がついた。不満いっぱいのふくれっ面だ。

「エラクゥスお兄ちゃん。私もみんなと素振りしたい」
「ごめんな。訓練は弟子しかできないんだ」
「じゃあ、私も弟子になる!」
「また今度な」

 エラクゥスは手乗りの小動物のようにむ〜む〜唸り声をあげるフィリアを軽くあしらって、弟子たちひとりひとりの姿勢や剣の持ち方を指導してゆく。ゼアノートはまずこの謎から解くことにした。

「別に素振りくらいなら一緒にやらせても」
「だめだ。ケガでもしたら大変だろ」

 ゼアノートの意見はエラクゥスから食い気味で却下される。ヴァニタス以外の子どもたちもふたりの会話をチラチラと気にしてる様子だ。

「模擬戦するわけじゃないだろ?」
「とにかく、だめったらだめだ」

 ピシャっといわれてしまったが、味方になると察したのかフィリアがゼアノートの足にひっついてきた。その姿を見てエラクゥスが思いついたように笑う。

「フィリア。今日もゼアノートと朝食の準備を頼めるか?」
「わかった!」

 なんとも露骨な追い払い方だが、役に立てると思ったのかフィリアは元気なお返事をする。一方ゼアノートはゲッと顔を歪めた。「よろしく」と笑うエラクゥスへ「あとで説明しろよ」と視線だけで訴えて、ゼアノートは仕方なくキッチンへ引っ張るフィリアについて行った。





「ゼアノートお兄ちゃん。私、これ食べたい」

 台所で朝食の用意の最中、フィリアが料理本のパンケーキのページを見せてきたのでゼアノートはさっと目を通し「材料有作成可能」と判断する。しかし栄養バランスを考えると「不許可」だ。野菜の皮向き作業へ戻る。ヴェントゥスとヴァニタスの分、作る量が増した。

「また今度な」
「お兄ちゃんたちって『また今度』ばっかり!」

 ぷりぷりしながら本を閉じるフィリアをゼアノートはチラリと見やる。女子であるアクアは弟子として修業させている。なぜこの娘だけがダメなのか。

「フィリアも、キーブレード使いになりたいか?」
「え? うんっ!」

 問いにパッと笑顔で答えるフィリア。本人は希望しており、エラクゥスが頑なに認めない関係を理解する。ならば、これはエラクゥスの弱点では? ゼアノートはフライパンへ集中しながら考えた。


 


 ゼアノートは朝食後、座学の準備を行うエラクゥスの部屋へ出向いた。扉が薄く開きっぱなしだったので、ノックもせず話しかける。

「なぜあの娘にキーブレードを継承しないんだ?」
「やっぱり、おまえなら知りたがると思ったよ」

 部屋に備え付けてあった本棚から本を選びながら、驚く様子もなくエラクゥスが答える。なにやら彼の掌の上にいるような居心地の悪さを感じ、ゼアノートは腕を組んだ。エラクゥスは言った。

「あの子はバルドルと同じだ。ひとの心の闇に敏感すぎる。キーブレードを継承してもあいつのようになるかもしれない」

 バルドル――いくら時が経とうと心の柔らかい部分にずっと刺さり続ける棘のような存在の名前に、ゼアノートは少し眉根を寄せた。

「ならば、この地に置くべきではない」
「そうもいかないさ」

 エラクゥスが苦笑する。

「フィリアをひとの多い場所へは置いておけない。人のあまりいない小さな世界に預けることも考えたが、ちゃんと闇から隠すなら俺が側で守ってやるのが一番いい」
「そんなにうまくいくか?」

 次世代のキーブレード使いたちの側でひとりだけ普通に育てるなんて、その子が卑屈にならないか。
 ゼアノートの問いに、エラクゥスは「そこが悩みどころだ」と眉を下げた。

「子どもたちはみんなたいせつに思っているけれど、どうしても修業に時間を割かなくちゃいけないからな」

 エラクゥスは思い出したように「あ!」と声をあげた。 

「ゼアノート。あの子の前でキーブレードを出して迂闊に触らせないでくれよ」
「そうしてほしければ俺と戦え――と言ったら?」

 ゼアノートの期待に反し、エラクゥスはカラッと笑う。

「もし俺たちが戦ってこの空間から出たら、フィリアに継承しようがしまいが俺たちの元いた世界への影響なんて分からない。それは脅しにはならないぞ」
「それを言うなら、そもそも弟子たちを鍛えたり食事を作ることだって無意味だ」
「おまえが諦めるまで、ただこの世界にいるだけっていうのもつまらないだろ?」

 邪魔をするならたとえ親友でも手にかける程度の覚悟は固めてきたが、いまはエラクゥスの協力が必要だ。ゼアノートは、ほほ笑むエラクゥスをジトリと睨みつけた。

「この程度で諦める覚悟で出した結論ではないと言ったはずだが」
「俺だって、おまえを止められるならそれ相応の覚悟をするさ」
「……頑固だな」
「それはおまえの方だろ?」

 ゼアノートはそれ以上会話をする気がなくなって、仏頂面で部屋を去った。


Graveyard / トップページ


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -