「正統後継者として俺を止めるか」
「いや、友として」

 エラクゥスが高く跳び、ゼアノートは下から迎え撃った。渾身の一撃がぶつかる。少年のころはゼアノートが一枚上手で隙のあるエラクゥスをあしらうことが多かったが、マスターの称号を戴いたふたりの実力はほぼ同等に成長し、模擬戦はいつも決着がつかないまま切り上げることの方が多かった。
 ゼアノートがかく乱の魔法を撃つも、エラクゥスは素早く躱し距離をつめる。力をためて放った剣技も見抜かれて受け流されてしまう。この回避の仕方はいつもカウンターがくるのでゼアノートは後方へ跳び距離を置いた。
 エラクゥスが追撃してこなかったので、しばらくふたりはその場で見つめあう。迷いなど一切なく、己の道が正しいと確信しているエラクゥスのまっすぐな瞳がゼアノートを射抜いている。
 この世で一番手の内を知っており、また知られている相手だ。いつもの模擬戦どおりでは勝てない。ゼアノートはこれまで親友へ隠れて練習してきた技を放つ準備をする。一方で何かを察したエラクゥスもゼアノートの見たことのない型で構えた。ピンと緊張が高まり、先ほどの戦いの影響で破壊された壁石の破片が落ちた音と共に走り出す。エラクゥスは横薙ぎ、ゼアノートは上段から相手に向かってキーブレードを振る。
 剣がぶつかった瞬間まぶしい光が発生した。キーブレードはいつもインパクトの瞬間に輝くものだが、その時は明らかにいつもと様子が違った。ゼアノートもエラクゥスも戦いを中断せざるをえないほどの輝きになり、ふたりを包み込んでゆく。

「なんだ!?」

 存在を消されると錯覚してしまうほどに光は強まって、数秒かけて収まった時には周囲の景色が変わっていた。ふたりは試練の塔の中にいたはずなのに、澄んだ空気に包まれたどこかの山頂に立っており、遠くには鎖でつながれた城が見える。

「ここは?」
「わからない」

 周囲を警戒するエラクゥスの問いにゼアノートは首を横に振った。これまで様々な異世界へ足を運んだが、この世界はまだ知らない。
 なぜ戦闘中に移動したのか、どうしてこの世界なのか。好奇心を優先したゼアノートはキーブレードを収めた。エラクゥスもゼアノートの戦意が喪失したのを確認し、それに続く。キーブレード使いはキーブレードによって心に導かれる運命にある。ふたりはこの世界に来た理由は必ずあると考えた。

「ゼアノート。言いたいことはたくさんあるが、今はこの世界の探索を優先しよう」
「……ああ」

 まずはあの城に行けば何かわかるだろう。そうあたりをつけた二人が山道を下ると、途中で小さな子供たちの笑い声を聞きつけた。山道の途中にある小さな滝の小川で、三人の子どもたちが無邪気に水遊びをしている。

「子ども……?」
「あのふたりはキーブレード使いだな」

 マスターの称号を得た実力者なら見抜くことができる。一番幼い少女は違うが、茶髪の八歳程度の少年、七歳程度の青髪の少女は未熟ながらもキーブレードを継承していた。ゼアノートは彼らをマスター・ウォーデンとは別の流派のキーブレード使いかと考えたが、隣でエラクゥスがウッとこめかみを押さえた後に言ったセリフに驚くことになる。

「ゼアノート。あの子たちは俺の弟子だ」
「は――?」

 マスターになれば弟子がとれるが、まだゼアノートたちはマスターになって一年ほど。互いに己の研鑽にのみに時間を注いできたはずだが――。
 ゼアノートの表情を察したエラクゥスが少年時代の頃のような顔で慌てる。

「おまえの言いたいことは分かる。俺もおかしいと思う。でも、そうなんだ」

 エラクゥスは証明してみせると言わんばかりに、ゼアノートへ「見てろ」とジェスチャーを残し、彼らの元へ歩いて行った。一方、少年少女たちは唐突な見知らぬ男の登場に気づき顔色を変える。少年が怯えながらもふたりを守らんと一歩前へ出て、少女は一番幼い子を抱きしめて警戒してきた。唯一、幼い子だけは無邪気にエラクゥスを見上げて「だれー?」と声をあげる。

「やぁ。こんにちは。俺はエラクゥス」
「えっ? マスターと同じ名前だ……」

 戸惑った少年がチラチラ少女と顔を見合わせる。

「そう。同じ名前なんだ。その、マスターと親戚だから……」

 愛想笑いしながらしゃがみ、少年らと視線を合わせるエラクゥス。必死に「怖くないよー、怪しい人じゃないよー」と訴えている。ゼアノートは親友の奇行にため息を吐いて腕を組んだ。

「実は、俺もキーブレード使いなんだ。ほら」

 エラクゥスが呼び出したのはマスター・キーパーではなく、修業時代に使っていたキーブレードだった。キーブレードを見た途端に子どもたちの顔から警戒が解け、ピシッと背筋をのばす。

「失礼しました。俺たち、マスター以外のキーブレード使いにお会いするのは初めてで――俺はテラといいます」
「私はアクアです。この子はフィリア。マスターのところまでご案内します」

 テラとアクアがうやうやしくお辞儀をし、その様子を見たフィリアが真似をしてお辞儀した。礼儀正しい子どもたちだ。エラクゥスが彼らに「うん」と答え、やっとゼアノートを呼び寄せる。

「この人は俺の友達のゼアノート。よろしく」
「ゼアノートさんも、キーブレード使いなのですか?」
「……ああ」

 テラの問いに低い声で答えるゼアノートは、子どもたちにキラキラしたまなざしで見つめられ複雑極まる気分にだった。先ほどまで親友と決別の覚悟で決闘していたはずなのに、なぜいまこんな小さな子どもたちに自己紹介しているのか――。

「おい、エラクゥス。これはいったい」
「ゼアノート。今はとにかく、俺に話を合わせてくれ」

 ヒソヒソ声できっぱり言われゼアノートは口をつぐむしかなかった。
 異世界の住人へ適当に話を合わせることはキーブレード使いの十八番だが、エラクゥスだけ何か知っている様子が面白くない。城にたどり着く間、子どもたちと楽しく会話をするエラクゥスを横に、ゼアノートはぶすっと無表情を貫いた。


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