夢の中のトラヴァースタウン。
 そう、確かにここは夢の世界であるはずなのに、きちんと五感はあるし、街の空気の匂い、人の喧騒、街灯の明るさ、どれひとつとっても本物みたいにリアルである。
 こっそり一番街へ行って、カフェの椅子に腰かける。メニューをつかみ、ペラペラめくった。ハムのサンドイッチ、ふわふわのオムライス、ホットコーヒー、アイスカフェオレ、チーズケーキ、チョコのアイスクリーム。

「どれも美味しそうだけど」

 めくり続け、目当てのページに到着する。デカデカと大文字で書かれた「スーパーウルトラビックパフェ」の文字。普通のパフェの3倍は大きい器に生クリーム、チョコレートソース、アイス、プリン、フルーツがこれでもかと積まれている。好きな物てんこ盛りのカロリー爆弾。けど夢の中なら食べても脂肪にならないのでは!?
 早速、店員へ注文し、ワクワクと待つ。夢の中だからかすぐにパフェが現れた。縦にも横にもご立派サイズ。憧れのスイーツは、キラキラと後光が差しているように見えた。重厚な存在感に「ふゎぁぁ……」と口から感嘆が漏れる。

「えへへっ、いただきま〜……」
「フィリア、ここにいたのか」

 ビクッとしてスプーンを机に落としてしまう。この爽やかで柔らかい声は、やはりリク。振り向くと、真後ろに立っていたリクがクスッと笑う。

「見つけたぞ。こんなところで何をしているかと思えば」
「こ、このパフェ。ずっと食べてみたかったの……」

 見られてしまった。顔が熱い。おずおずスプーンを拾う私にリクは「ふぅん」と相槌をうちながら隣の席に座って、店員にコーヒーをひとつ頼んでいた。リクの今の身体は15歳なのに、コーヒーを頼むなんて大人っぽい。
 いまは彼らのマスター承認試験中。私欲のためにコソコソ隠れるようにここへ来た私は、今更になってバツが悪い気持ちになった。

「怒ってないの?」
「どうして。食べたかったんだろ? 言ってくれればよかったのに」

 リクのコーヒーもすぐにきて、カップに口をつけていた。リクは変わった。島にいた頃の彼なら、こういう時に全力でからかって馬鹿にしてきたはずなのに、今は何をやっても包み込んでくれるように笑って受け入れてくれる。
 何よりもあの目だ。前はなぜかよく睨まれていたけど、今はすっごく穏やかなまなざしをくれる。
 リクがカップから口を離し、ソーサーの上にそっと置く。長いまつ毛の翠の瞳と視線が合った。危うく、またスプーンを落としそうになる。

「どうした。食べないのか?」
「じゃあ、うん。いただきます」

 そっと生クリームをすくってパクンとひとくち。ビビビッと甘さが脳に響いてくるようだ。旅をしている最中はこういうものはなかなか食べられないから、沁みるようにおいしい!
 く〜っと味わっていると、リクからあの視線を感じる。ふっと細められる優しい微笑み。落ち着かない気持ちのまま、しばらくパフェに夢中になっているフリをする。モモ、イチゴ、メロン。食べたはずなのに味がよくわからない。リクが気になる。

「もう。そんなに見ないで。ちゃんと一口あげるから!」

 ついに我慢できなくなって、ハイッとスプーンをリクに向ける。リクは「えっ?」と言って、ポカンと私を見たあと、口を片手で覆ってしまった。

「すまない。そんなに欲しそうな顔をしてたか?」
「欲しそうっていうか……欲しくないの?」

 リクは私の持っているスプーンをジッと見て「甘いのはそんなに得意じゃないんだ」と言いつつ、口を開けた。文句言いながらも食べるなんて。照れくささも相まって、ブチブチと思いながらもスプーンをリクの口に向ける。食べる――と思った時、腕がくいと引かれ、スプーンがパクッと咥えられた。リクではない。いつの間にかそこにいた褐色肌の青年に。
 は? とか、え? とか、リクと意味のない言葉を吐く。青年時代のゼアノートはスプーンから口を離すと形のいい眉を寄せてしかめっ面をした。

「甘い。よくこんなものが食べられるな」

 てッ、敵襲! 敵襲だーッ!
 音もなく現れチャッカリ同席している敵に腰を抜かしうっかりイスから落ちかけた。リクも立ち上がってキーブレードを握っている。しかし、青年はこちらの警戒をどこ吹く風のごとく気にしていない様子で、リクと同じくコーヒーを注文していた。この空気でコーヒー飲むの。怖いので言葉にはしない。
 青年はてんで興味ないような瞳でパフェを覗き込んで、黒い手袋を嵌めた長い指で指した。

「アイスが溶けかけてるぞ」
「エッ!」

 私のバニラアイス! 思わずスプーンを構えると、リクに片手を掴まれ「コラ」と止められた。いやでも私の大切なバニラアイスが……!
 青年がククッと喉で笑う。

「別に、今は何もしない」
「信じられるか」

 怖い顔をしたリクが低い声で吐き捨てると、青年は面白そうに嘲笑するだけだった。私は彼の目の前にある愛しいパフェが心配で仕方ない。こうしてる間にもバニラアイスが溶けているのだ。
 私は横目でチラッとリクを見た。

「ねぇ、リク。いいんじゃない? あの人、何もしないって言ってるんだし」
「なっ、おい。そういう能天気だからいつも」
「お説教は後で! ここのパフェ、もう食べられないかもしれないんだから見逃して!」

 絶句するリクの隙をついて、愛するパフェの前に戻る。イチゴと一緒に溶けかけたバニラアイスを口に含んだ。チョコソースも絡まっててとてもおいしい。

「くぅぅ、幸せ〜!」
「ソラと同じか、それ以上に気楽な奴だ」

 美味しがっていると、ゼアノートはクスクス笑うし、リクからは盛大なため息が聞こえてきた。
 ゼアノートにコーヒーが届き、まるで絵になるような美しさで優雅にお飲みあそばしている。諦めたリクがゼアノートから一番遠い位置にイスを置きなおして座った。
 ざっくりスプーンをパフェのグラスにつっこんで、奥にあったバナナとフレークを一緒にすくいあげる。柔らかさとシャクシャク音がなるフレークの違う食感が楽しい。

「ひょれで、何もしないなら何しに来たの?」
「おい、しゃべりながら食べるな」

 口元のチョコソースをぬぐいながら叱ってきたのはリク。はいはい、どうもすみませーん。
 そんなこちらの様子をじいっと見ていたゼアノートは、ゆっくりコーヒーカップをソーサーに置いた。

「おまえに会いに来た」
「へー。だって。よかったね、リク」
「フィリア、茶化すな」

 リクからの視線がキツくなってきたのでパフェに向き直る。唐突にゼアノートの顔面が側にきたので、また盛大にひっくりかえりそうになった。





R3.2.22


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