「己の心に従って、正しいと思うことをせよ。さすれば、おのずと道は開かれる」
フィリアは数日ですっかり様変わりした部屋を見回す。美しい入れ物の美容品から始まり、獣の毛で作られた櫛、爪用のヤスリが鏡の前に置かれているし、シルクのパジャマや新しい服も何着かタンスの中に吊るされている。どれも旅人には過ぎたものであるが、アズールは「返されても捨てるだけですので、どうぞ使ってください。それ以上に儲けさせていただいてますし」と、“ツナ缶とセット”でユウを経由し渡されて、「おまえが返したら、オレ様もツナ缶を返さなきゃいけないんだゾ。貰えるもんは貰っておけ」というグリムの言葉に従い、豪華すぎるそれらを結局受け取ってしまっている。
あなたのためにと素敵なものを贈られて、嫌な気持ちになるはずがない。けれど、この世界はいつか旅立たねばならないのに、こんなにも私物に囲まれて、まるでこの世界に根を下ろしたかのようである。
フィリアはベッドにポスッと身を投げる。手をかざせば当たり前のようにキーブレードが現れた。結構な大きさなのに全く重く感じない。羽根のように軽くて、いざとなれば鉄だろうが心だろうが斬る力がある。
「俺たちは守るべきもののためにこのキーブレードを振るうんだ。キーブレードは、みんなを笑顔にさせる鍵ーー」
キーブレードを見つめながらいつかテラが言っていた言葉を暗唱し、ややあってから、フィリアはキーブレードを消してうつ伏せに寝転ぶ。ベッドに広がる髪からは、故郷で嗅いだこともない上品な香りがする。
「キーブレードを使ってないけれど、みんなが笑顔になるなら正しいのかなぁ」
アズールの店を手伝い始め、美容に力を入れろと言われ。言われた通りに手入れをすれば、周囲の反応が変わりだした。今までは友人たち以外からはどこか遠巻きにされていたが、何かと笑顔で声をかけてくる者、関わりたがってくる者が増えた。キーブレード使いとして役立ててはいないが、アズールの予想通り、他人から見られることにも慣れてきた。――けれど、お姫様になるよりも勇者とあれと育てられてきた身には、なんとも不完全燃焼な気持ちである。
「もしここにいたのがアクアでも、こうしていたのかなぁ……」
闇の世界のように、絶えず魔物が襲ってくるほうが分かりやすかった。ここはある程度の秩序が定められている平和な世界だ。たまにオーバーブロットという現象が起き、キーブレードを振るう場面はあるが、それだって、本来ならば制御できるものだという。
扉は未だ開かれない。ならば、マスターエラクゥスの教え通り、自分にできることを続けるしかない。
鍵が導く心のままに。むにゃむにゃ唱えて、ヴェントゥスの寝顔を思い出しながら、フィリアはウトウト瞳を閉じた。
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