「監督生さん。ちょっと」

 開店直後からずっと満席だったが、ようやく少しずつ空席ができてきた頃。スペシャルドリンクを届け終えたタイミングで、ユウはアズールにVIPルームへ呼び出された。
 大盛況の中のバイトデビューであった。目がまわる忙しさにユウは2件の注文ミスと食器を1枚割る失敗をしまったため、そのことだろうかと不安になった。注文ミスはバイトの先輩達にフォローしてもらったが、さすがに食器は弁償かなぁとちょっぴり落ち込みながらVIPルーム扉を開けると、ソファでらしくなく膝を抱えていたフィリアがいたので仰天する。客を入れ替えたいタイミングで何度かアズールに連れられて、きちんと客対応できているのをユウは働きながらチラチラと見守っていた。あの朗らかな彼女がここまで凹むようなイヤな客はいなかったはずである。

「どうしたの?」
「……ユウ〜……」

 しょもしょもと情けない顔でしがみ付いてくるので、ユウは拒まず頭を撫でてやる。フィリアはユウにひっつくと、黙って動かなくなった。

「疲れちゃった?」
「ん……」

 小さく頭が縦に動く。隣で様子を見ていたアズールがふうと息を吐いた。

「すみません、監督生さん。フィリアさんに少々無理をさせてしまったようです」
「いえ、元気がとりえなので。俺もこうなるとは予想できていませんでした」
「ちょうどいい時間帯です。フィリアさんにまかないを持って来てあげてください。ああ、あなたも一緒にどうぞ」
「エッ、ここで食べていいんですか?」
「今日だけ特別です。僕はしばらく席を外しますので、フィリアさんのケアをお願いします」

 ちょうど空腹だったユウにはありがたかったが、アズールの城であるVIPルームで料理をこぼしなんぞしたら生きて帰れないかもと背筋も凍る。しかし、指示されたからにはここで食べねばなるまいと、ユウは覚悟してまかないをVIPルームに運びこんだ。

「ホラ。これ、おいしそうでしょ。フロイド先輩が作ってくれたんだよ」
「いただきます……」

 しょもしょも顔のまま、フィリアはユウが持ってきたスパゲティをしょもしょも食べた。ひとくち食べると分かりやすく瞳が輝く。トレイ先輩のケーキをごちそうになった時もそうであったが、非常に餌付けされやすい性質のようだ。チョロすぎて心配になる。

「おいひい!」
「こっちのキレーなドリンクは、ジェイド先輩が作ってくれたよ」
「キラキラしてる!」

 ピンクとブルーの二層で作られた美しいドリンクの見た目と味にキャッキャッと喜び、だいぶ元気が戻ってきたフィリアへ、ユウは慎重に話しかけた。

「さっきは落ちこんでいたけれど、何かイヤなことでもあったの?」

 すると、スパゲティを咀嚼しながら、少ししょもしょもした雰囲気が戻ってくる。

「ユウにダメっていわれてるのに。みんな勝手に写真に撮ってくるの」
「あぁ……」
「あと、声は聞こえないけど、指さされて笑われてた。私、どこか変だったのかなぁ」
「そっかぁ。それは気になるね」

 ユウはごまかすようにフィリアを撫でる。
 正直、フィリアが気づいていないだけで、毎日彼女にスマホを向けてる男は学園内にごまんといた。ただでさえ男子校の中に女子という貴重な存在。オマケに可愛い。異世界からきた特異性。学校の壁を走り、高所から落ちる奇行。「今日のフィリアちゃん」などという彼女の肖像権をまるまる無視した非公式の毎日更新ストーカーマジカメアカウントまで存在している。

「そのかっこう、変なんかじゃないよ。バイトのみんなも可愛いって言ってただろ?」

 しかし、フィリアはむうっと不満顔をして、黙々スパゲティを頬張りだしてしまった。どうやら可愛いと言われても嬉しくないようである。「おやおや。女性は見た目を褒められたら喜ぶのでは?」と脳内でジェイドのようにユウは思ったが、まぁ食い物で元気になるならお安いものであるため、これ以上は触れないでおくことにした。

「ごちそうさまでした」

 食べ終わるとフィリアがウトウトし始めたので、ユウはさっさと食器を片付けることにした。キッチンに戻ると、店のほうは閉店間際になっており、客もほとんど残っていない。
 ユウが食器を洗い始めると、ユウに気づいたのだろう。ジェイドとフロイドと会話していたアズールがやってきた。

「監督生さん。今日はおつかれさまでした。それを片付けたらあがってください」
「わかりました。アーシェングロッド先輩。すみません。休憩でもないのにまかないをいただいてしまって」
「いえ、フィリアさんのケアもあなたの業務のうちですよ。あなたはフィリアさんの保護者ですし、契約書にもそう書いてあったでしょう」
「エッ……そうだったかなぁ?」

 よく読んだつもりだったのに。他にも見落としているところがないか不安になったが、相手がアズールなのでユウは早々に諦めと面倒な気持ちになった。お金大好き・上機嫌・アズールは、ユウに満面の笑みで言う。

「おかげさまで、今日の売上は上々ですよ! 今日のフィリアさんの姿をマジカメに上げてバズっているアカウントが何件もあります。今後の売上も大変期待できそうです。明日もよろしくおねがいしますね」
「あ、あれぇ? 俺、明日もシフト入ってましたっけ? 週3の約束だった気が……」
「おや、監督生さんって案外忘れっぽいんですね。週5ですよ」
「マジ? あの、契約書もう一回見せていただいていいですか……」

 ボロ雑巾のようにこき使われる予感がしユウは恐れおののいたが、アズールの真剣な表情にスルーされた。

「ところで、フィリアさんはどうしてあれほど落ち込んでいたのか分かりましたか?」
「あぁ、スマホを勝手に向けられるのがイヤだったみたいです。俺がよく『知らない人に写真を撮らせないように』って言い聞かせてたので」
「しかし、彼女は毎日のように誰かしらに撮られているのでは?」
「普段、学校で撮られてるのは気づいていないみたいなので……」
「そうですか……わかりました。その程度ならどうにかしましょう」

 食器を洗い終えたので、ユウはエプロンで手についた水気を拭った。ずっとレジで話していたフロイドとジェイドがユウたちのほうへ歩いてくるのが見える。

「それと、客から指をさされて何か言われたのを気にしたみたいです。たぶん、いつもと違う髪型していたのを、珍しがられただけだと思うんですけど」
「そういえば、フィリアさんはあの異世界の服以外、持っていないのですか?」
「あれの他にはパジャマ代わりのシャツくらいですね。『すぐ次の旅に出るから』って、靴下ひとつすら、俺や学園長がいくら言っても断るんですよ」
「なるほど。事情は理解しました」

 アズールが考え込む仕草で黙ったので、ユウは次にこちらを見て微笑むウツボ兄弟が気になった。

「小エビちゃん、おつかれさまぁ」
「監督生さん、今日は初日で大変だったでしょう。お疲れさまでした」
「あ、はい。先輩方もお疲れさまでした」

 いくら見慣れても、この兄弟に並ばれると大抵の生徒は気圧されるが、猛獣使いの小エビと呼ばれるユウ。ビビらず挨拶をし、笑顔で気安く会話だってする。

「今日はミスがあってすみませんでした。次は気をつけます」
「いえいえ。初日の大混雑にしては、よくできたほうですよ」
「そうそう。今までもーっとヒドいヤツ、いっぱいいたし。がんばったねぇ。小エビちゃん」

 幹部であるふたりの好意的な回答に、ユウの胸の重みが幾分かとれる。しかし、割った食器はアズール厳選の高級品であったため、やはり給与天引きでいくらか弁償となる話もされた。二度と割るまいと心に誓う。

「それでぇ、オキアミちゃんは元気になった?」
「はい。先輩方が作ってくれたまかないとドリンクで、すぐに元気になってました」
「それは良かった」

 ユウは時計をチラッと見た。そろそろ帰らなければ。グリムと明日提出期限の宿題がユウを待っている。

「じゃあ、今日はこれであがります」
「ええ、お疲れさまでした」

 アズールたちに手を振り別れ、ユウは急いで着替えてVIPルームに駆け戻った。待たせていたフィリアは上等なソファに横になって、すっかりスヤスヤ眠っていた。


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