【オクタヴィネル】


 たまたま、人通りが少ない道を歩いていた。ふと聞こえたうめき声。ハテと思って捜してみた。校舎と草木の影に隠れるように大きな影ふたつと、倒れてる影ひとつがあった。大きな影がゆらっと動く。倒れているほうへ、長い脚を振り下ろした。

「頼む、助けてくれ!」

 恐怖と苦痛に満ちた悲鳴が聞こえたとき、とっさにキーブレードを構えて彼の元へかけつけた。

「ア? なぁに、おまえ。なに見てんの?」

 倒れてる男をなおグリグリ踏みつけている男が、こちらに気づいて、金色にギラギラ光っている瞳を細めて嗤う。
 垂れ目、翠の髪、身長が自分の倍くらい高い。側に立つもう一人と顔がそっくり。

「悲鳴がしたから。どうして、その人をいじめているの?」
「彼が、僕たちと交わした約束を守れないと仰るので」

 上品に佇んでいるほうが、つり上がった目でニコニコ微笑む。

「そうそう〜。借りたもん返さないなんて、ひどいよねぇ。そう思わない?」

 グリグリッとなお脚が動く。潰れた醜い悲鳴があがった。

「確かに、約束を破るのはよくないけど……でも!」

 キーブレードを改めて構え直す。彼を助けることが正しいと心が命じた。

「助けを求めているのを、放っておけない!」
「おやおや。武器なんて構えて。僕たちと戦うおつもりですか?」
「はぁ? おまえには関係ないじゃん。それとも、こいつの代わりに約束を守ってくれんの?」
「……約束を守るって言ったら、その人を解放してくれるの?」

 男たちの口端がニイィとつり上がって、ギザギザに尖った歯が見えた。

「ええ、もちろん」
「俺たちは約束を守ってくれれば、それでいいよ〜」
「わかった」

 頷いたら、あっさり男たちが去ったので、倒れていた生徒より話を聞いた。

「俺、株に手を出しているんだ。今回、大当たりだと思った株を手に入れるために、契約して必要なものを手に入れてもらったんだけど、結局読みが外れて大損してさぁ。代償として約束したのは、貴重な薬草を入手すること――金があれば簡単に手に入るんだけど、金がない場合、危険な森の中を探さなくちゃいけない。期日は今日。もう無理だと思って謝りに行ったら、あのザマで……」
「株とかよくわからないけど……私も一緒にその薬草を探すよ。ひとりより二人のほうが見つかる確率は上がるでしょ」

 彼はどうして、と顔をゆがめた。

「言っておくけど、お礼できるものなんてないぞ。それに、あの森は本当に危険なんだ。キミみたいな小さな女の子を連れて行くのは」
「でも、約束を守らないと、どうなっちゃうの?」
「残りの学園生活、ずっとあいつらの奴隷になる。俺の学園生活おしまいだ!」
「じゃあ、できる限りのことはしてみようよ。まだ時間はあるんだから」

 ねっ、と励まして、彼の言っていた森の中へ。肉食の魔獣がウロウロしていて、危険な毒ガスも至る場所で発生しているらしい。

「目的の薬草はこれだよ。毒霧の中で咲くんだ」

 図鑑を見せてもらって、薬草を覚える。どこにでもある雑草と似ていた。赤い花が目印。これをなるべくたくさん集めなければならない。
 襲ってくる獣は、アンヴァースに囲まれるよりは楽に追い払えた。厄介なのは毒霧で、吸い込むと眩暈、吐き気に襲われる。
 何時間さ迷ったのか、ついに目的の薬草を見つけた。毒霧がいっそう濃いところに二輪、花が咲いていた。
 毒霧を吸い込まないように息を止めて摘む。しかし息が苦しくなって、くらっと足元が揺れたときだった。霧の中から飛び出してきた魔獣に襲われた。




★ ★ ★





「ホラ、持ってきたぞ」

 そろそろモストロラウンジが閉店するという時刻。昼に泣きながら許しを乞うていた男が、自信満々の顔で約束の薬草を持ってきた。
 まぁ、こちらは契約が滞りなく履行されれば特に追及することもない。支配人室に通した男から薬草を受取って終わり。男は余裕ぶって「では、またよろしく」なんて偉そうに言って帰っていった。なんかムカつく。もう一発蹴ってやればよかった。
 そういえば、あの時、割って入ってきた小魚はどうしたのだろう。
 マ、どうでもいっか。グラスを片付けていると、店の扉が開いた。

「もう今日は閉店したんだけど……」

 ちょうど思い出していたズタボロ状態の女の子が入ってきたので、言葉が止まる。彼女は少し萎びた薬草を握りしめていた。

「それならとっくに受け取ったけど。何しに来たの?」

 すると、エッと驚いた顔をするので、興味がわいた。ニッコリ笑って「とにかく、こっちに来て座りなよ」と呼べば、素直にノコノコ奥に来た。
 カウンターにちんまり座った彼女に、特別に何か作ってあげようかと訊ねると、首を横に振られてちょっとつまらない。
 キッチンを片付けていたジェイドが閉店後の来客に気づいたようで、いそいそとこっちに来て、「いらっしゃいませ」と挨拶した。

「それで? どうしてソレを持ってきたのぉ?」

 戸惑った表情を見せながら、彼女はポツポツ語った。森で薬草を見つけたはいいが、採取の途中で魔獣に襲われ男とはぐれたらしい。男に薬草を託した後、自分は崖から落ちたこと。なんとか森から脱出して戻ってくる途中、薬草が血痕と共に落ちていたため、拾って届けに来たのだそうだ。
 へーと適当に相槌をしながら、ジェイドと視線で会話する。

「これぇ、結構、貴重な薬草なんだよね。購買で売れば半年分の食費にはなるから、持って帰れば?」
「ううん。あげる」
「おや。なぜ?」
「なるべくたくさん支払う約束だったって聞いたから」

 まっすぐな瞳でこちらを見上げそう言うと、彼女は本当に薬草を置いて帰ってしまった。

「ね〜ジェイドなら、どういうことか知ってるよね?」
「まぁ、彼の株の動きや売買記録は見ていたので」

 店の扉に鍵をしながら、ジェイドが言う。

「今回の株の儲けは当初の予定の半分程度だったようですね。今回代償としてお支払いいただく薬草は二輪。彼が金で用意していた薬草はたった一輪」
「だから今日、代償を半分にしてくれなんて言ってきたんだよね。けど、なんでアイツ、たくさん必要だなんて言ったと思う?」
「さぁ。少しでも多めに手に入れておいて、損失を埋めたかったのでは?」
「まー、そうだよねー……」

 欲を出して多めに手に入れたが、結局自分もケガをして不足の一輪だけ持って帰ってきた――というところか。
 なるべくたくさん必要、なんて曖昧な数を信じるとか信じられないし、自分のために使えと言ってやってもそうしなかった。あの様子では、見返りだって貰っていないし、謝礼の言葉すら受け取っていないかもしれない。そもそも出会った時、倍も身長のある自分たちと戦おうとすらしていた。無知で無謀で底抜けのお人よし。海なら一日だって生き延びられない。

「オキアミちゃん、また会えるかな」
「おや、彼女のあだ名が決まったんですね。どうしてオキアミちゃんか聞いても?」
「超ちっちゃいし、つまんねぇ小魚どもに食い散らかされてそうだから、オキアミちゃん。――ピッタリでしょ?」 




※オキアミは見た目エビっぽいプランクトン。釣りの餌にもなる。



R2.9.7


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