「昔、本で読んだことがあるぞ。幼い男の子は好きな女の子にイジワルして気を引きたがるという」
「好きな女の子へ、イジワル……なぜ?」
玄関先の廊下でエラクゥスに呼び止められたゼアノートは、エラクゥスの発言に内心驚愕していた。
「そんなことをしても、嫌われるだけだろ」
「嫌われようが、関心を引きたいんだよ」
ヴァニタスは闇である。闇は光に焦がれ、求め、傷つける習性があり、それゆえの行動だと思っていた。エラクゥスの子どもたちは彼によく似てどれも光の心が強めであるから。
ゼアノートの当惑に気づいていないエラクゥスは、まるで名探偵のように確信めいてうなずいた。
「俺たちにはそういう経験がないが、おそらくそれだ」
「待て。なぜ俺まで経験がないと言いきる」
「えっ、あるのか?」
――ないけど。
ゼアノートは無言で視線をそらす。
幼いころは小さな島で老人と二人暮らしだったし、スカラアドカエルムに移ってからは女子がいたけれど、恋愛感情より友情――仲間意識のほうが強かった。ゆえに女子に対しては相手の長所を学び己の力を高める方法を探求する、なんともストイックな青春時代しか経験がない。
「まぁ、それは冗談としても。まだこの地になじめていないようだ。おまえの弟子だろ。おまえがフォローしてやってくれ」
エラクゥスはゼアノートの肩にポンと手を置くと、ポカンとしているゼアノートを置いてそそくさと去っていった。
R5.4.27
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