滝でテラとアクアと遊んでいたら、マスター・エラクゥスによく似た青年とその友達の二人組が現れた。彼らを案内するため城に戻ったらマスター・エラクゥスが忽然といなくなっていて驚いた。つい先ほど、気をつけて遊んできなさいって笑顔で見送ってくれたのに。
マスター・エラクゥスの親戚で同じ名前を名乗った青年が「マスター・エラクゥスは使命を果たしに出かけたため、戻ってくるまで俺たちがいっしょに暮らす」と言いだした。マスター・エラクゥスから何も聞いていなかったので突然知らない世界に放り込まれたかのように不安になったが、彼らもキーブレードマスターのようだし、キーブレード使いに悪い人はいないはず。なにより、テラとアクアが彼らを受け入れたから、しばらくこの二人と暮らすことになった。テラとアクアは彼らをマスターと呼ぶけれど、自分は「お兄ちゃん」と呼ぶことにした。だって、マスター・エラクゥスは自分にとってたったひとりだけだもの。
エラクゥスお兄ちゃんはとても明るくて、楽しくて、仲良しになってくれたから、すぐに大好きになった。
ゼアノートお兄ちゃんは全然笑わないし、ジーッと見つめてくる視線がちょっと怖い。けれど、勇気を出していっしょに朝食を作ろうと誘ってみたら助けてくれたし、作ってくれるごはんはおいしい。書庫に案内したら嬉しそうにしていたし、エラクゥスお兄ちゃんのお友だちなら怖くて悪い人じゃないと判断した。エラクゥスお兄ちゃんより話しかけてはこないけれど、テラとアクアが修業中の時に側にいてくれる人だから、自然と彼の周りをウロチョロすることが増えた。静かにしていれば、近くにいても怒られない。
今日はアクアが作ってくれた髪留めでツインテールに結ってもらったので上機嫌だった。
「融合しろ」
「やだ」
「融合しろ!」
「やだっ!――あっ、叩いたな!」
「おまえが融合しないから!」
「ゆーごーってなんだよぉ」
今日も書庫で蔵書を読み漁るゼアノートお兄ちゃんの隣で絵本を読んでいたら、ヴェントゥスとヴァニタスがケンカしながらやってきた。彼らはテラやアクアより修業が終わる時間がちょっと早い。
いつもヴァニタスがヴェントゥスに寄ってきてはゆーごーゆーごーと言ってケンカになっている。ヴェントゥスはいつも笑顔で仲良くしてくれるからすぐにお友達になれたけど、ヴァニタスどんな時もツンケンしているのでどう付き合ったらいいのかよくわからない子だ。
「ここでは、大声は禁止だ」
ヴァニタスはゼアノートお兄ちゃんの言うことだけは聞くみたいで、いまもゼアノートお兄ちゃんのひとことでピタッと口を閉じた。ヴァニタスがいるときはゼアノートお兄ちゃんの側が安全地帯だ。
遊び相手が来たのでわくわくする。
「ヴェン。一緒に絵本読もう」
「うん。いいよ」
満面の笑みでうなずいてくれるので、こちらまで笑顔になる。緊張しながらその隣へたずねた。
「ヴァニタスも一緒に読まない?」
「フン。そんな子どもだまし、読むもんか」
やっぱり断られた。そっちだって子どものくせに。本当は残念だけど「いいもん、ヴェンと読むから」と考えなおして、ヴェントゥスと椅子を並べ一緒に絵本を持ってヒソヒソ声で読み始めた。今日の絵本はラプンツェル。
「魔女の畑のラプンツェルってどんな味なのかな?」
「う〜ん。レタスとか、キャベツみたい」
「イタッ!」
ヴェントゥスと小声で話していると、いきなり髪が引っ張られた。痛みに驚き見ると、ヴァニタスに髪房をぎっちり掴まれている。金色の目と視線があうと、ハッと嘲られた。
「弱っちいやつ」
「いたいっ、やめてよぉ」
なおも引っ張られたので痛くて半泣きになった。ヴェントゥスが「やめろよ!」とヴァニタスの手を振り払ってくれるも、そのままふたりはとっくみあいのケンカになる。ため息を吐いたゼアノートお兄ちゃんがヴァニタスの名を呼ぶと、彼は争いを中断しベーッと舌を出して書庫から走り去って行った。
「どうしてこんなイジワルするの……?」
「しらない。あいつ、俺にもいつもあんな感じ」
引っ張られた箇所をヴェントゥスに撫でてもらって慰められるも、アクアに結ってもらった髪が乱れてしまった。こちらは彼に何か危害を加えたことなんてないのに。髪をひっぱるなんてひどいこと、これまで誰にもされたことがない。
「まだ痛むのか?」
「ううん、でも、せっかくアクアに結ってもらったのに」
グスグス涙をぬぐっていたら、ため息を吐いたゼアノートお兄ちゃんにおいでと手招きされた。彼の膝の上に乗るとアクア手製の髪留めを丁寧に外され、手櫛で乱れた髪を結いなおしてもらった。長くて暖かい指に何度も撫でられるように髪をすかれると、気分がだいぶ落ちついてくる。
「ほら、直ったぞ」
「ありがとう!」
完成とともにポンと頭を撫でられて元気になった。また絵本でも読めと促されたので膝から降りると、ゼアノートお兄ちゃんはまたすごく難しそうな本に集中してしまった。そっけないけど、すごく優しい。
「よかったね」
「うん!」
ニコニコ喜んでくれるヴェントゥスと、また本の続きを読み始めた。
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