よく晴れた日の昼過ぎ。午前中の修行が、いつもより早く切り上げられた。
 水を浴びて汗を流し、タオルで髪をやや乱暴に拭く。
 ――伸び悩んでいた。
 最近、アクアとの手合わせで負けてばかりだ。彼女が得意とする魔法を使わないルールにしても勝率はさほど変わらない。
 アクアが一段と成長したことは、自分にとっても嬉しいことだ。ただ問題は、彼女と同じく自分もまた腕を上げなければならないというのに、日ごと黒星ばかりが増えていること――。トレーニングを増やしたり、変えたり、新しい戦法や技を鍛えてみるなど試して入るが、残念なことにあまり成果を感じられない。
 期待は落胆へ、落胆は焦燥へ、焦燥は次第に自分への苛立ちとなって、更に苛酷な訓練へと追い立ててゆく。
 何が足りないのか。何が必要なのか。どうすればもっと強くなれるのか――。

「今のおまえはただ結果を急ぎ、己を見失っている」

 先ほど相談してみたら、マスター・エラクゥスに言われたことだ。

「今日の修行はこれまでとしよう。しばし、体と心を休めるといい」

 違う。俺に必要なのは休息ではなくて力だ。強くなりたい。マスターになりたい。そのためには休んでる暇はない。

「自主トレーニングでもするか……」

 本当ならアクアに手合わせを頼みたいところだが、マスター・エラクゥスの言いつけどおり、彼女も休んでいるだろう。それを邪魔することはできない。
 新しいタオルを取り出し、重い足取りで部屋を出た。



 小さな足音が追ってきたのは、広間の階段を降りきったときだった。

「テラ! 見つけたー!」

 幼い声に元気に呼ばれる。見上げれば、やはりフィリア。階段の上で満面の笑みを浮かべている。

「フィリアか。どうした?」
「あのね、アクアから、今日はもうお休みだって聞いたから……」

 言葉途中に、フィリアは階段を駆け降りてこようとする。

「フィリア! 階段を降りるときは走っちゃだめだと言っているだろう」
「へーきなのに」
「だめだ。ゆっくりな。俺はちゃんと待ってるから」

 転んだら怪我ではすまない。肝を冷やすような思いで、フィリアが目の前までやってくるのを見守った。
 やっと階段を降りきったフィリアは、俺を見上げてふにゃりと笑う。

「テラ、夕ご飯まで遊んで!」
「俺と……?」

 反射的に「ああ、いいぞ」と言いかけて止まる。遊んでやりたいのは山々なのだが、今は自分の修行に集中したい。
 ――の、だけれども。
 フィリアは子どもや小動物特有の期待に満ちた無垢な瞳をきらきらさせ「遊んでー、遊んでー」と見上げてきている。
 こ、断りづらい!

「えーっと、だな……」
「…………だめなの?」

 雰囲気を察してか、一転して悲しい顔をされる。目尻に涙まで貯められたら、岩のような罪悪感に押しつぶされてしまいそうだ。

「い、いやっ、いいぞ。遊ぼう。前庭でいいか?」
「うんっ」

 フィリアの顔が笑顔に戻り、ほっとする。しかし、困ったことになった――。



2012/6


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