「あー、今日もにぎやかですなぁ」
イデアはゲームの片手間に開いたマジカメアカウントをチラ見して高みの見物ポジのセリフを吐く。見ているのは「今日のフィリアちゃん」。興味心からとっくにアカウントの持ち主は特定しているが、このアカウントに癒され、救われている生徒の規模とフィリアへの被害の大きさを天秤にかけ、彼女が気づいていない間は放っておこうと決めている。
いつも異世界の服か鎧ばかり着てるあの子が女の子らしい服を着だしてから、このアカウントへのコメント、リツイート、いいねの反応は数倍に膨れ上がっていた。無邪気で子どもっぽいとしても、女は女。少数派の彼女に興味をもたない男たちは彼らを「ロリコン野郎」とバカにするが、整った顔立ちをしているので数年で化けると大勢が期待している。
「兄さん、何してるの?」
オルトが部屋に入ってきて、イデアのPC画面を覗きこんだ。
「アッ、フィリアさんだ」
「すごい人気出てきてるみたいだからね。一応、情報収集」
「今日は、かわいい水色のワンピースを着ているんだね! いつもの服もいいけど、たまには別の服も印象が変わって見えていいよね」
「うん、そうだね」
「兄さんも、たまには服を替えてみたら?」
「僕はいいよ」
このストーカーアカウントの男は女の尻を追いかけ盗撮する気持ち悪い性格をしているが、写真の腕は確からしい。本日の更新も、満面の笑みが角度すら完璧に映されており、コメントは男どもの「髪を撫でたい」とか「お兄ちゃんと呼ばれたい」とか「尊い」とか、下心が滲んだもので埋まっている。
“お兄ちゃん”ね。イデアは頭の中で呟く。オルトの兄さんであるイデアは、そう呼ばれる幸せを知っている。
このむさくるしい男の巣窟で、彼女の隣の唯一を狙うのは至難の業だ。なので、手始めに「お兄ちゃんポジション」を狙うのであろう。保護者の地位を労せず獲得したオンボロ寮のユウは大分妬まれているが、最近はお兄ちゃんを通り越してお父さん&後片付け枠に片足を突っ込んでいる。彼女と一歳しか違わないのに気の毒なことである。
しかし、その「お兄ちゃん枠」でさえ、ハーツラビュルやサバナクロー、そして何よりオクタヴィネルの寮長クラスの壁を乗り越えなければ難しいであろ。愚か愚か。イデアは顔も知らない学生らをせせら笑う。
コンコン。ふいに部屋のドアがノックされた。他人と関わるのは極力避けたいイデアは反射的にゲッと顔をゆがめる。それに気づかないオルトが「はーい」と応え開けてしまった。いたのは話題の水色ワンピース。
「こんにちは。オルト。イデア先輩」
「フィリアさんだ。どうしたの。組み手したくなった?」
「ううん、今日は空を飛んで遊ぼうよ」
「もちろん、いいよ!」
キャッキャッと部屋を出て行こうとするふたりを微笑ましく思いながら、ふとイデアは思いついた。
「あ。ちょっと待って」
んん? と目を瞬かせて振り向く二人。イデアはフィリアの方を見て、少し緊張しながら話しかけた。
「キミさ。僕のこと、オルトの何だと思ってる?」
「何って――オルトの『お兄ちゃん』でしょ?」
素直に答えたフィリアにイデアはニヤッと頷いた。
「ウン。そうだよ。引き留めてゴメンね。それだけ」
「どうしたの、突然。変な兄さん」
オルトがクスクス笑って、今度こそ二人は部屋を出て行った。
イデアは潜ませていたボイスレコーダーをそっと取り出す。すぐさま先ほどの声を編集して「お兄ちゃん」ボイスを抜き出した。
「ヒヒッ、これは一部に高く売れそうですなァ」
イデアのやる気があと数十分あれば、フィリアの写真を動かし、口パクを合わせながら愛らしい雰囲気で「お兄ちゃん(ハート)」と発言させる機能も作れるだろう。この気まぐれの産物に、同じボドゲ部の後輩が「金儲けになりすぎるッ!」と喜ぶ顔が思い浮かんだ。売る気もないし、教えないが。
イデアはもう一度再生ボタンを押す。機械を繋ぐコードだらけの男の部屋に「お兄ちゃん」と女の子の声が流れた。まるで砂漠の中のオアシスを見つけたかのよう。無修正ゆえ無感情な声であったが、もし“血の繋がっていないカワイイ女の子”に満面の笑みでこう呼ばれたら、大抵の男は何でもホイホイ買ってあげるサイフになるに違いない。イデアは腕を組んで頷いた。
「フム。兄さんもいいけれど、これはこれで悪くない……。憧れる気持ちも分かりますなぁ」
イデアはキコキコ椅子の背もたれを鳴らし、この金の成る木をどうしようか考えた。しかし、すぐにゲームのイベント中だったことを思い出し、フィリアの盗撮音声は適当なフォルダへと放り込まれたのであった。
R2.10.1
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イイネ
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