昼休みを告げる鐘がなる。フィリアは食堂の傍にある中庭のベンチに腰かけていた。

「おや。こんなところでどうしたんだい?」

 穏やかだがよく通る声にフィリアが振り向くと、ハーツラビュルの寮長であるリドルがいた。目が覚めるほどの鮮やかな赤髪の彼は、フィリアと目が合うとニコリと賢そうな目を細める。

「リドル先輩。こんにちは」

 フィリアも彼へ笑み返す。リドルは最初の印象こそ強くて厳格で融通がきかないという印象であったが、今は賢くて優しい、いちごのタルトが大好きな小さいお兄ちゃんというイメージに落ち着いた。「隣に座っても?」と訊ねるリドルに頷きながら、フィリアはぐ〜と鳴る腹をさする。

「ユウたちを待ってるの。ちゃんとグリムに頼まれたデラックスメンチカツサンドも買ったのに。遅いなぁ……」
「そうか。僕も今日はトレイたちと一緒にランチの約束をしているんだ」

 ふと、リドルの視線がフィリアの服に移る。今日はふわっと裾が広がる水色のワンピースに白いエプロンとタイツを着用していた。

「今日は、いつもとは違う恰好をしているんだね?」
「いつもの服はクリーニングに出しちゃったから、アズール……先輩からもらった服を着ているの」
「よく似合ってる」

 リドルから褒めてもらえるとは夢にも思っていなかったので、フィリアは不意打ちをくらった気持ちで素直に照れて、「ありがとう」と、小さな声で礼を言った。
 リドルは指を顎に添えて、思案顔になる。

「しかし、アズールからとは。彼の趣味はもっと違うものかと思っていたよ」

 その時、「リドル君、いたいた」とケイトの明るい声がする。フィリアがリドルと同じ方向を見ればトレイも一緒にこちらへ来ていた。

「リドル。待たせたか?」
「いや、来たばかりだ」
「あれ〜。フィリアちゃんもいる。その服かわいいね! 記念に一枚撮ろうよ」

 ケイトは当たり前のようにスマホを構えると、四人で顔を寄せるよう指示をだし、パシャッとシャッターを鳴らした。写真の具合を笑顔で褒めつつ、ハッシュタグを並べてマジカメにアップするまでが彼の一連の流れだ。もはや慣れたもので、誰もが抵抗せずされるがまま撮影された。

「うわっ、投稿した途端、なんかすごい勢いでイイネ! が増えてく……」

 ケイトのスマホからピコピコ通知音が鳴りやまないのに苦笑しつつ、トレイが話しかけてくる。

「ところで、フィリア。エースたちから聞いているかもしれないが、今度の金曜日に何でもない日のパーティをするんだ。よかったらユウとグリムと一緒に来ないか?」
「パーティー! 行きたい! トレイ先輩のタルト大好き!」

 食い気に目を輝かせるフィリアにトレイとケイトが分かりやすいと笑い、リドルは頷いた。

「食べたいタルトがあるなら、いまのうちに、トレイにリクエストしておくといい」
「はは、あまり難しくないものにしてくれよ」
「じゃあ、ま……あっ、でも……」

 急にもにょもにょ言い淀むフィリアに、ケイトが首をかしげる。

「どうしたの? ケーキの名前が分からないなら特徴を言ってみて」
「ううん。あのね、みんなで作ったマロンタルト。とってもおいしかったから、また食べたいなって……」

 フィリアはションボリとリドルを見る。お茶会にマロンタルトは法律により持ち込み禁止であるのは承知しているが、あの日、友だちと作り上げたマロンタルトは格別においしかった。

「マロンタルトか……まぁ、ひとつくらいあってもいいだろう」
「いいの?」
「かまわない」

 ハートの女王の法律に反することにリドルは少し頬を緊張させていたが、案外あっさり許してくれた。トレイがホッとしたように笑う。

「わかった。とびきりのヤツを用意しておくから、楽しみにしててくれ」
「うん!」

 フィリアがやったぁ〜と喜んでいると、ふと、リドルが気がついた。

「ん? エプロンのリボンが解けかけているね。直してあげるから後ろを向いて」
「それには及びません」
「ジェイド先輩?」

 リドルに答えたのは、その場にいないはずのジェイドの声。大きな図体の割に気配がない。彼はフィリアとリドルが座っているベンチの後ろに立っていた。腰かけている分、なお高い位置にあるジェイドの微笑みを、リドルがキッと睨みつけた。

「ジェイド。いつからそこにいたんだ?」
「いま来たばかりですよ。それよりも、フィリアさんのリボンは僕にお任せください」
「なぜ? 別に、ボクがやっても問題はないだろう?」
「いえいえ。リドルさんのお手を煩わせるわけにはまいりません」
「なぜ、と訊いているのだけれど?」

 唐突に現れたジェイドにリドルの目つきが厳しくなってゆく。クラスメイト同士である二人がなぜかエプロンについて譲らないのでフィリアはオロオロ考えるも、リボンを自分で直したところでアレコレ注意して結局、自身が納得するようにしたがる人たちだ。良い手段が思い浮かばない。
 唐突に始まった睨みあいに、上級生のふたりが目くばせしあい、何とか穏便に済ませようとしていた。

「まぁまぁ、リドル君。ここはジェイド君に任せたら?」
「ああ。ただリボンを結ぶだけなんだし、別におまえがやらなくても……」
「そういう問題じゃない。これは――」
「はい。フィリアさん。リボン、直りましたよ」

 結局、フィリアすら気づかぬ早業で、ジェイドがフィリアのエプロンのリボンを直してしまった。リドルがジトっとジェイドを見るも、ジェイドはいつものニコニコ顔である。

「話している途中で手を出すなんて」
「実は、僕たちフィリアさんを守る約束をしていまして。簡単に他の方々に触れさせるわけにはいかないんですよ」
「は……?」

 リドルだけでなく、トレイとケイト、ついでにフィリアもポカンとした。優雅な仕草でジェイドはフィリアの片手を掬い取り、抱き寄せてくる。

「モストロ・ラウンジの大事な看板娘ですし。ね、フィリアさん?」
「え。う――うん?」

 ジェイドの笑顔の圧力に負け、フィリアは首をかしげながら曖昧に頷く。リドルがため息を吐きながら腕を組んだ。

「守るなんて態の言い言葉を使って、都合よく彼女を利用しているだけだろう。さっきのケイトのマジカメの反響といい、どう収拾をつけるつもりなんだか」

 ジェイドはニコニコ笑むだけで答えない。これ以上話す気がなくなったのか、リドルの視線がついとフィリアの方へ移った。

「キミはここの生徒ではないけれど、大事な後輩が監督する寮生だ。何かあったら、いつでもボクのところへおいで」

 心なしか、ジェイドの手の力が強まった気がする。フィリアはリドルへコクコク頷いた。

「腹が減ったんだゾ! おい、フィリア! オレ様のデラックスメンチカツサンドを寄こすんだゾ!」

 良くも悪くも空気を読まないグリムの突撃により、そこでリドルとジェイドのバチバチは終了した。



 それから時が進み、バイト終了後のまかないタイムにて。

「今日のデザート、なんだろう〜!」

 今日のまかないを作ったのはフロイドでもジェイドでもなかったが、デザートはジェイドが作ってくれるという。フィリアがワクワク待っていると、ジェイドが「お待たせしました」とキッチンから現れた。期待のまなざしでフィリアはジェイドを歓迎する。

「本日の、ご褒美のデザートです」
「え……」

 真っ白な皿の上にあったのは、茶色く尖った小さなケーキ。粉砂糖と金粉が上品にあしらわれている。

「キノコの世話で植物園に行ったところ、“偶然”栗を見つけまして」
「マロンタルト……」
「おや、お嫌いでしたか?」
「えっ!? ううん。すごくおいしいよ……」
「あなたに喜んでいただけて、僕もとっても嬉しいです」




R2.9.24


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