実験着姿のまま、フロイドはぷらぷら学園内を歩いていた。肌を撫でるような風が吹き、ポカポカ陽気が降り注ぐ、とても穏やかな午後であった。

「オキアミちゃん、どこかな〜……あっ、いたぁ」

 中庭付近で、フロイドはようやくフィリアの笑い声を拾う。声を辿れば、彼女はジェイドと共にいた。簡易な机と椅子の上にケーキと紅茶を並べ、ちょっとしたお茶会を楽しんでいる。フロイドと同様にジェイドもフィリアに興味があるらしく、気が向いた時にああして観察しているようだった。普段彼女の周りにいる邪魔者もおらず、フロイドの絶対的味方であるジェイドと共にいるなんて僥倖。ご機嫌になったフロイドはニコニコと彼らに近づく。ジェイドは早々にフロイドに気づき、フィリアも彼の目線を辿りフロイドを振り向いた。

「オキアミちゃん、捜したよ。ジェイドと一緒にお茶してたの?」

 素直に頷く彼女の態度に気を更に良くして、フロイドは笑みを深くする。卓上のケーキは半分も減っていなかったので、まだお腹いっぱいではないだろう。フロイドはフィリアの隣の席に腰かける。

「ちょうどよかった。俺、オキアミちゃんのために、いいもの作ってきたんだ〜」

 フロイドは実験着のポケットから先ほど作り上げたものを取り出して「はい、ど〜ぞ〜」と甘ったるい声でフィリアに授ける。フィリアは両手で受け取ったビニールに包まれたそれを、しげしげと眺めた。

「わぁ、貝殻の形。かわいい」
「オレがオキアミちゃんのために作った特別なクッキーだよ。もちろん、食べてくれるよね?」
「うん。でも、ケーキがあるから、これは後で」
「“いま”食べてほしいなぁ」

 フロイドが笑顔のまま、お得意の有無を言わせぬ言外の圧力をかけると、フィリアはチラッとジェイドを横目で見た。察したジェイドは「どうぞ、食べてください。ケーキは、もし食べきれなかったらフロイドが食べてくれるでしょう」と助け船をだしてくれる。安心したフィリアは、フロイドのクッキーを取り出して、小さな口でポリポリ食べ始めた。まるでリスかハムスターのように咀嚼して味わっている彼女を、フロイドは笑みを消して食い入るように眺めていたが、それに気づいていたのはジェイドだけである。
 掌サイズの一枚は、あっという間にフィリアの胃の中へ送られた。残さず食べたのを確認すると、フロイドはとても満足した。

「おいしかった〜?」
「うん。ありがとう!」
「お礼もちゃんと言えて、えらいねぇ」

 でも、魔法士からの手作りは、誰からのものでも一応疑えって小エビちゃんに言われてねぇの。相変わらず無防備だし、学ばないなぁ。
 自分が贈ったくせに呆れたフロイドは、ジェイドに「オレにもお茶ちょうだい」とねだった。ジェイドは「もちろんです」と快く微笑んでフロイドに紅茶を差し出す。湯気のたつ香りを楽しんでいると、数分もたたずフィリアから「うっ」とうめき声があがった。

「アハッ、効いてきた」

 胸を押さえてうんうん苦しみだしたフィリアを、フロイドはヨシヨシと抱きしめる。初めこそフィリアの状態に驚いたジェイドも、フロイドの態度に愉しそうな表情へ変わる。

「フロイド。あのクッキー、いったい何を入れたんです?」
「んー? すぐに分かるよ」

 ぎゅうと目を瞑って苦しみに耐える少女を見下ろして、ウツボの人魚たちはワクワク嗤う。

「大丈夫だよ、オキアミちゃん。ゆっくり息を吸って、吐いて。そう、いいこだね」

 フロイドがあやしている間に、フィリアの身体にはメキメキと変化が現れていた。髪は伸び、手足も伸び、身体の厚みが増してゆく。彼女の
身体が数センチ大きくなったところで、やっとそれは収まった。
 フロイドの腕の中で俯きハァハァ息をしているフィリアを眺め、ジェイドが問うてくる。

「これは、成長する薬……ですか?」
「変身薬だよ。あんまり変わり過ぎると負担もでかいから、とりあえず1年後の姿に変わるようにしたんだぁ。1年後でもオキアミちゃんはやっぱり小さい――」

 そこでゆるゆるフィリアが顔を上げたので、ヒュッとフロイドの呼吸が止まった。幼くて無邪気さに満ちていた可愛い少女から、大人になりはじめた神秘的かつ危うげな色気を纏う美少女がそこにいた。膝程度の長さであったスカートの縁は柔らかそうな太もも半ばまで引き上がり、お椀程度だと思っていた胸は、窮屈そうに胸元の布を押し広げている。

「え……てか、変わりすぎじゃね……?」

 オレ、計算ミスってないハズなんだけど。少女がそのままの体形でちょっと大きくなる程度だと思っていたフロイドはポカンとする。あと1年でこんなになるの? フィリアの変化にジェイドすらも黙っているなか、フィリアは己の身体をハテと眺め、ウッと表情をしかめて苦しみだした。

「えっ、オキアミちゃん大丈夫!?」

 まさか薬の副作用かと、フロイドはガラにもなく本気で焦った。か細い声が、震えて答える。

「……服、キツい……」


Graveyard / トップページ


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -