「モストロ・ラウンジのスタンプ係ぃ?」

 休日の早朝からオンボロ寮に押しかけてきた悪徳契約商人もといオクタヴィネルの寮長とその手下たちが差し出してきた契約書に、ユウはギョッと目を剥いた。こいつらが契約書を持ち出したときは大抵ロクなことがないのはすでに学習済みである。
 ユウからの胡散臭い視線をものともせず、アズールたちは営業スマイルを張りつけて、ユウの隣に座るフィリアへニコニコ笑んだ。

「ええ。ぜひ」
「私? スタンプ係って、何をすればいいの?」
「その名の通り、会計を済ませたお客様のポイントカードにスタンプを押すだけです。難しいことは何もありませんし、分からないことがあれば僕たちが“何でも”サポートいたします」

 ジェイドの「何でも」のアクセントが気になりつつも、ユウは目を皿にして契約書を隅から隅まで読み直した。ユウとてまだ未成年で、本当は突然放り込まれた異世界に対し己のことで精一杯であるが、管理を任された一人と一匹は自分以上に世間知らずの常識知らず、バカでウッカリ屋で能天気、間抜け、楽天家を詰め込んで煮込んだようなおめでたい脳みそをしていて、大変なことに巻き込まれた際、確実に自分に面倒が降りかかるのを、この短期間で学びまくったからだ。

「まず大前提として、フィリアさんとは他のアルバイトの方々のような正式な雇用契約は結びません。ここの生徒ではない彼女を雇用することによって、後々何か問題になってしまってはかないませんから」

 アズールの明朗な声が場を支配する。

「ただ、夕方の5時から8時30分の店内が特に混みあう間だけ、定期的にラウンジの会計係の横でポイントカードにスタンプを押してもらう“お手伝い”をしていただきたい。代わりに、フィリアさんには“ごほうび”として、賄いと好きなドリンクを毎日一杯サービスしましょう。もしお客様からチップを頂いた場合は、全てご自分のものにしてくだって構いません」
「怪しさ大爆発」
「監督生さん?」

 ユウの口から素直に飛び出た言葉をとらえ、アズールの口端がヒクッと引きつり、彼の後ろにいる二人はプッと笑う。

「スミマセン。でも、ただスタンプを押すだけの役なんて、あの店には必要ないでしょう?」
「アズール〜。やっぱり、素直に言ったほうが早いって」

 ケタケタ笑いながらフロイドがアズールに囁く。アズールはしばらくグヌヌと渋った顔をしたが、ハァと大きく息を吐いた。若干肩を落とし、先ほどの威圧感が抜け、リラックスした様子で語る。

「ここは男子校ですよ? 女性がいれば当然、集客UPは見込めますし、彼女にスタンプを押してもらいたいがために、さっさと会計する客が増え回転率がUPする。いいこと尽くしじゃないですか!」
「アー……なるほどぉ、そういうことかー」

 ゲス顔で笑うアズールへ曖昧に相槌をうちながら、ユウはチラッとフィリアを見やる。確かにこうして黙って座っていればただの可愛い女の子と思うだろう。困っている人を見境いなく助けようとする極度の正義のヒーローオタクで、ロボットと戯れに武器を振り回して校庭に巨大な穴をあけたり、塔を破壊したりしなければ。最近は巨大な大木をぶち折った。

「一日の終わりに、愛らしい女性の微笑みに癒されたい。そんな男心ですよ」

 完璧な笑顔のジェイドからの白々しいセリフであったが、同じ男であるユウにも、それはマァ分かる気がして、う〜ん、そうかもなぁ、と考える。
 破壊神であることを抜かせば、親切で愛想はいいし、素直で純粋で一生懸命で真面目だし。破壊神であることを抜かせば。

「いやいや、ちょっと待ってください。万一、微笑みに勘違いしてストーカーとかつきまといが現れたらどうするんですか」
「大丈夫だよぉ。その辺はオレたちが“ちゃんと”守ってあげるからさ」

 フロイド先輩は気まぐれだから、ちょっと信じられないです。ユウは思わず言いそうになった言葉を飲み込んだ自分を内心褒めた。「あ?」と氷点下を感じさせる恐怖を休日まで味わいたくはない。

「それで、保護者としてどうですか? 監督生さん。許可していただけます?」

 保護者という単語にガクッと力が抜ける。なぜ若干16歳で15歳の女の子の保護者をしなくちゃいけないのだ。ちなみにもう一匹の管理対象であるグリムの方は、オクタヴィネルの面々を確認した後、窓から逃げた。

「まぁ、イロイロ心配ですけど、まずは本人がやりたいかどうかですね。俺としてはちゃんと守ってもらえて、食費が浮くならいいと思いますけど」

 どう、やってみたい? と本人に聞いてみる。フィリアはイマイチよく分かっていないのか、何やらポカンとした顔をしていた。

「んー……アズールが困ってるなら」
「アズール“先輩”」
「アズール先輩、の、お手伝いする」
「ああ、よかった! これで売上UPは約束されたようなものだ!」

 アズールが立ち上がって、大げさに喜んだ。後ろでジェイドとフロイドも良かった良かったと笑っている。
 やっぱりこいつら胡散臭い。やはり断固として断わらせるべきだったろうか。ユウは不安にかられ、喜んでもらえて嬉しいとニコニコしてる能天気娘へキチッと言いつけることにした。

「知らない人から手作りのお菓子とか、もらっても食べちゃダメだからな。変なヤツにしつこくされたら、すぐに俺か先輩たちに言うんだぞ」
「守ってもらわなくても、私強いから大丈夫だよ?」
「ダメ。約束できないなら、今からでもこの話はナシにしてもらう」

 ユウは、フィリアの異性関係に対して無頓着かつ無防備なところに特に頭を痛めていた。世の男が全部紳士なわけがないというのに。隔離された場所で無菌室培養されてきたのか、キーブレードで全部どうにかなるという傲慢さの裏付けなのか、男子校で唯一の女という危機感が全くない。世の生き物みな友達をマジで信じているのだろうかと疑うレベルだ。
 自分の実力を侮られたと感じたのか、フィリアは少し不満そうに頬を膨らませて、それでも小さく頷いた。

「ん〜……わかった。約束する」
「小エビちゃん、心配症〜。そんなに気になるなら、小エビちゃんも一緒に働けば? そうすれば小エビちゃんの食費も浮くよ?」
「ええ、スタンプ係以外のアルバイトも募集中ですし」
「真面目に働く労働力は大歓迎ですよ」

 ゲッ、また巻き込まれそうになってないか。
 ユウは青ざめたが、それから数時間後、結局、雇用契約書にサインしているのであった。




R2.9.8


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