バルドルとの決着がついた後、マスター・ウォーデンから「ヘズの死後、バルドルをひとりにしている間、闇につけこまれた」ことを聞いた。
 エラクゥスは闇を憎んでいるから、きっと彼は闇の言葉に耳を貸さない。けれどゼアノートは――ありあまる好奇心ゆえか、彼は闇の言葉にも耳を傾け、すべてを受けとめてしまう。だから闇はあの時、ゼアノートのみを選んで語りかけていたのはではないか――次は彼が闇に呪われるのではないか。そんな不安にかられ、夜にゼアノートの部屋を訪ねた。

「ゼアノート、起きてる……?」

 エラクゥスの部屋の前とは違い静まり返っていたので、留守か寝てしまったのかと思ったが、扉は鍵がかかっておらず、開けてみるとゼアノートがベッドの上で窓から星空を見上げていた。

「フィリアか」
「起こしちゃった? ごめんね、ゼアノートのことが、どうしても気になって……」

 いつも好奇心で輝いている銀色の瞳は、違和感を覚えるほどに落ち着いていた。大切な友を手にかけたのだ。いくら普段から冷静な子だとしても、もっと取り乱し、泣いていてもおかしくないのに――。

「入るなら、扉を閉めてくれ」
「あ、うん――」

 立ち去るタイミングを逃し、言われたとおりに扉を閉めた。ゼアノートと部屋に二人きりなのは初めてで、今更になって緊張する。
 ゼアノートがベッドから降りるつもりはないようなので、こちらが近づいた。ちょうど側に椅子があったので腰かける。

「大丈夫か」

 ゼアノートから心配されるとは思わなかったので、しばし彼と見つめあった。互いに目元に泣いた跡がある。

「私より、ゼアノートの方がつらいでしょう?」

 ゼアノートの首や腕には、ケアルをかけたのに薄っすら傷跡が残っていた。紙一重で誰が亡くなってもおかしくなかったあの激しい戦いと、傷の深さを思い出しぞっとする。
 ゼアノートはかぶりをふった。

「つらいのは、みんな同じだろ」
「……うん」

 しばし沈黙がおりた。ゼアノートは落ち込んでいるが、絶望してはいない。彼は大丈夫――。平気ではないのは自分の方かもしれない。静かすぎる夜、考えが巡ってひとりで耐えられそうにない。

「ごめん。心配していたのは本当だけど、私がひとりで居たくないの」

 エラクゥスを頼れば、彼は泣くことを我慢してしまう。ゼアノートが受け入れてくれるなら、今夜だけでも一緒にいてくれないだろうか。そう期待したが、ゼアノートの反応はつれないもの。

「俺に近寄らないほうがいい」
「どうして?」
「理由はどうあれ、俺は友を手にかけた――」
「違うよ!」

 ゼアノートの言葉をさえぎって立ち上がり、彼の手を両手でぎゅっと握りしめた。

「きみは、バルドルや、みんなを助けてくれた。私のことだって!」
「フィリア」
「あなたは悪くない。だから自分を責めないで……ひとりになろうとしないで」

 感情がたかぶり、止まっていたはずの涙がこぼれる。ゼアノートから驚いた気配がするけれど、一度流れるとボロボロと止められなくなった。

「もう泣くな」

 ゼアノートのもう片方の手で、涙がぬぐわれる。

「悪かった。もう言わない」

 頷いたが、涙はまだ止まらない。すると、ゼアノートの顔が寄ってきて目元に優しくキスされた。

「ん、え?」

 驚いて見上げると、もう片方の目もとにキスされる。

「あの、ゼアノート……」

 しどろもどろになり、頬が熱い。ゼアノートがくすりと笑った。
 亡くなった友のことで頭がいっぱいだったが、夜、男の子の部屋の中でふたりきり。キスされている。
 唐突に、ゼアノートの肩から腕にかけての筋肉の筋とか喉仏などの男性らしい身体的特徴に初めて気づいた気分になった。心音がバクバク鳴って、顔が真っ赤になっている自覚がある。

「俺にひとりでいるなと言ったな」

 耳元でされた低い囁きに、びくりと体が震えた。優しい声に反して、追いつめられたような気持ちになる。

「おまえもひとりでいたくないと」

 髪のひと房を掬われ、またそこにキスされる。

「うん……言った」

 声、まなざし、ほほえみ、触れる手の力加減。ひとつひとつに彼からの愛を感じる。ゼアノートは純粋で真面目な人だし、一時の性のはけ口を求めるためにここまでの演技ができる器用さもないはず――。

「いま逃げないなら、離さない」

 これ以上この部屋に居座るなら、彼に何をされても同意とみなされる。
 ひとりでいたくない。ひとりになるな。自分の好き勝手言った言葉が脳裏で何度も反響する。かといって、自分はゼアノートを愛しているか。この先の行為を受け入れられるのか問われると自信がない。

「ゼアノート。私……」

 泳いだ視線の先。ゼアノートの手の傷跡が目に入り、バルドルとの闘いで役に立たなかったどころか、逆に追い詰める力に使われたことを思い出す。上級生たちやヴェルが無惨に殺された瞬間が何度も脳裏によみがえる。彼らの血のにおい。悲鳴。最期に見せた悔しそうな表情。悪くないと言われても、闇を退治し彼らの無念を晴らしてもらったとしても、罪の意識は消えない――心の闇に呑みこまれそう。
 唇をひきしめた。意を決し、ゼアノートにそっと抱きつく。

「――いいよ」

 彼の耳元で囁いた。

「一緒にいよう」


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