トワイライトタウンでハロウィンのお祭りをするらしい。普段は仮装した子どもたちへ菓子を配るだけのはずが、今年はトワイライトタウンの商店街とスクルージが気合を入れて大規模な催しになるとのこと。ドナルドを通して招待を受けたソラはもちろん二つ返事。せっかくだからみんなで行こうと話は広がり、フィリアたちは夜のトワイライトタウンへ行くこととなった。
 現地はハロウィンにちなんだ飾り付けはもちろん、菓子や軽食の露店がズラッと立ち並び、どこを見ても人、人、人の大盛況である。
 せっかくの息抜きだ。王はミニー王妃と、ドナルドはデイジーとデートをするらしい。グーフィーもチップとデールを連れて歩くようだし、ソラはカイリといたいだろう。フィリアとリクは気を利かせたつもりで、余り者同士連れ立って歩いていた。

「外の世界をリクとふたりで歩くなんて、滅多にないよね」
「そうだな」

 今日のリクは、ドナルドの魔法でヴァンパイアとドラゴンが合わさった姿に仮装していた。黒いマントを纏い、頭からはマレフィセントのような立派な角が、口からは牙が生えていて、まるで本当に幻想の世界から抜けだしてきたかのように美しい。
 いつもハロウィンタウンでしている、ゴーストとエルフを組み合わせた姿のフィリアは、少し緊張しながらリクを見上げた。

「リクの仮装、見るの初めて。カッコイイね」
「ありがとう。フィリアもよく似合ってる」
「そ、そう? リクにそう言ってもらえると、嬉しいけど、なんだか恥ずかしいな……」

 照れくさくなって、目を細めてほほ笑むリクの顔をまともに見られないまま、フィリアは混雑の中を目的もなく進む。さすが都会のトワイライトタウン。ディスティニーアイランドでは見たことも食べたこともない物ばかりだ。

「リクは何がしたいとか、希望ある?」
「俺は特にないな。フィリアはどうしたい?」
「私が決めちゃっていいの?」
「ああ。フィリアとなら、何だって楽しい」
「えぇと……じゃあ、とりあえず何か食べよっか」

 ちょうど小腹がすく時刻であったため、ジュワッと香ばしい匂いが立ち昇る屋台に自然と足が向かったそのときである。ちょうど前にいた男性の後ろポケットから財布が抜き取られる瞬間を見て、フィリアは思わず「あっ」と声をあげた。
 財布を盗んだ男はフィリアたちをチラッと見るや、すぐに人混みの中を逃げ去って行った。すぐにリクがフィリアに耳打ちをしてくる。

「取り返してくる。ここにいてくれ」

 フィリアが返事する間もなく、リクは男を追ってしまった。フィリアはしばしポツンと立ちすくしたが、己も役に立たんと思い至り、リクの後を追いかけはじめる。しかし当然のごとく人だらけであったため、リクがどこへ行ってしまったのか見当もつかなくなった。

「すみません。銀髪で、ヴァンパイアの仮装をした人を見ませんでしたか?」

 仕方なしに露店の人間にダメ元で訊ねてみると、意外にも回答があった。

「あそこにいる人じゃない?」

 指す方向を見れば確かに、黒マント姿の銀髪がチラッと見えた。フィリアは慌てて礼を言って追いかける。

「リク――リク、待って! 私も手伝う!」

 なるたけ大きく声をあげるが、聞こえないのか立ち止まる様子がない。人混みにもみくちゃになりながら追いかけ続け、フィリアはやっと彼の左手を掴んだと思った。しかし、実際は掴むはずだった手に逆に手首を掴まれて、ぐいと引かれる。

「えっ?」

 振り向いた男は確かにヴァンパイアの仮装をしていたが、角がなかった。肌も白くない。誰なのか認識した時、フィリアは恐怖で喉の奥が引きつった。
 振り向いた男はフィリアを見下ろして、無表情からゆっくりと艶めかしい笑みに変わる。

「おまえの方から来るのは、初めてだな」

 ゼアノート。
 フィリアが彼の名を呼ぶ前に、男はフィリアの手を引いたまま人混みを歩きはじめた。フィリアはなんとか抵抗しようとしたが、この混みようのなか魔法を放って暴れるわけにはいかない。手錠をされたかのように外れぬ手首は結局、人気のない街外れの森まで連れ込まれるまで自由にはならなかった。
 街の熱気に比べて、森の静寂は肌が冷えるようだ。一本の大木に押しつけられて、フィリアはやっと男の顔を見上げることができた。いつもは判を押したように黒いコートしか着ていない男が、リクとは多少装飾が違うが、彼と同じヴァンパイアをテーマにした仮装をしていた。外面はどこか達観しており、何に対しても冷めているようでいて、実は誰よりも好奇心旺盛な男である。祭を楽しんでいたのだろうか。金糸で刺繍された華やかな衣装を着こなす怜悧な美貌に微笑まれて、フィリアは不覚にもしばし彼に見惚れてしまった。

「トリック・オア・トリート」
「えっ?」
「菓子を持っていないなら、イタズラしなければならないルールだったな」

 手ぶらなフィリアがポカンとしている間に、ゼアノートはフィリアの顎を慣れた様子で持ち上げて顔を寄せてきていた。唇が触れそうな距離になってフィリアはやっと正気を取り戻す。


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