同じ分野の研究者が集まれば、当然、話題はディープなものとなる。
 昨日も、ゼムナスやゼアノートとキングダムハーツについて熱く語り合ったアンセムは、キーブレード戦争までの生活拠点として利用している城の中で、研究本を読んでいた。毎日、光の世界から闇の世界まで、馬車馬のように働かされていたため、ちょっとした休暇がとても貴重な時間であった。
 猫足の豪奢なイスにゆったり足を組んで腰掛け、分厚い研究書を賢者の弟子時代に培った速読でペラペラ読破していると、無遠慮に闇の回廊が現れる。せめて扉をノックしてから入ってきてほしいものだと愚痴りながらアンセムが見やれば、己の半身であるゼムナスが、腕にフィリアを抱えた状態で現れた。

「なんだ。その少女の回収は、まだ先ではないのか?」

 キングダムハーツの気配を感じさせる少女の存在に執着している者が多いことは、アンセムも理解している。しかし、今はゼアノートに合図があるまで捨て置けと決められているはずだ。
 元いた場所に返してこい。猫を拾ってきた子どもへ言うように、アンセムはさっさと出ていけとゼムナスに吐き捨てるが、ゼムナスは従うどころか、アンセムの本を取り上げてくる。いいところだったため、アンセムは素直にムッとした。

「おい、なにをする」
「みろ」
「おまえはきちんと説明を――なんだ、病気なのか?」

 アンセムの前に差し出された、ゼムナスに横抱きされたフィリアは、眉を寄せて目を閉じたまま、はぁはぁと息を繰り返していた。頬は紅潮しており、身体に力が入らない様子でぐったりとしている。
 どれどれ。アンセムは少女の額に手を当て、小さな口の奥を覗きこんだ。

「セキも鼻水もない。喉も腫れてはいない。ふむ……風邪ではなさそうだが、倦怠感があるのが気になるな」

 しかし、アンセムだってわかるのはここまでだ。ハートレスだし。医者でもないし。

「そこまでしかわからん。ここではなく、医者に連れて行け」
「先日、おまえが作ったクスリ――」

 ゼムナスがジッとアンセムを見つめてくる。

「あの、桃色の、怪しげなやつを飲んだ可能性がある」
「は――?」

 アンセムはポカンとゼムナスを見返した。数日前に、闇勢力の研究者同士で集まって、俺ぁ、こんなすげぇ研究したんだぜ! と知識で競い合った夜の記憶が蘇る。「そんなにすごいなら、ここにあるもので、何か適当なクスリを作ってくれ」と過去のゼアノートにせがまれて、調子に乗ってクスリを調合したところ爆誕した、怪しげな蛍光ピンク色に輝くクスリ。「これはなんだ」と問われたので、「あーたぶん媚薬だな。色的に」と答えたところまでを思い出したところで、バッと薬品貯蔵庫の扉を開いた。「こんなもん、イラネ」と適当につっこんだはずの場所に、クスリがない。
 ジトッと睨んでくるゼムナスからの視線が痛い。アンセムは叫びたかった。いや、だって。こんなあからさまにやばそうなものをフィリアに使うなんて思うわけないじゃん! と。

「フィリアは、この城でうずくまっているのを見つけた」

 クスリを服用した時間は不明だが、数十分は前であろう。アンセムは頭痛がした気がして、額に手をあてた。

「あれは偶然生み出したものだ、解毒薬など用意していないぞ」
「身体に害はないのか」
「服用量によるな。あれは水で薄めて飲むものだ。もし原液でひと瓶飲んでいたら――最悪、狂い死ぬ可能性もあるな」

 ふざけるなよと言いたげなゼムナスからの殺気が、アンセムの肌にぶすぶす刺さる。クスリを作ったこと以外悪くない己の危機に、アンセムは心の中で過去のゼアノートをこっそり恨んだ。彼はこの娘をまるで道端の花を摘むかのように、あるいはちょっと庭に出て昆虫採集をするかのように、気軽かつ気安く頻繁にちょっかいをだしている。絶対、あいつが犯人だ。手を出すなら、最後まできちんと管理をしろ。まったく、わんぱくがすぎるなどと、母親のように思った。

「この娘を、こんなバカらしいクスリで死なせるわけにはいかん。何か方法はないのか」
「バカとはなんだ。一応、あんなものでも、この私が作ったものだぞ……」

 ぶちぶち文句を垂れながら、アンセムは改めてフィリアの様子を診た。吐き気などはなさそうであるし、それほど事態は深刻ではないだろう。

「この程度なら、発散させてやればよいのではないか」
「発散」
「性欲を発散させてやれ。我慢させるより、早く回復するはずだ」

 それじゃあな。アンセムはゼムナスから読みかけの本を取り戻し、やれやれどっこいイスに座りなおした。どこまで読んだかページを確認しているところ、ギシッとベッドが軋む音が聞こえて、信じられない気持ちでそちらを見る。

「いや、ここでするなっ!」

 アンセムお気に入りの黒いベッドにフィリアを押し倒しているゼムナスへ叫ぶも、「事態は切迫している」ときっぱり言い切って、ゼムナスはコトをおっ始めやがったのである。


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