泣いてもわめいても、この状況は変わらない。いま動けるのは自分だけ。だから行動しなければ。ヴェントゥスを助けるにはキーブレードの力が必要だ。
まずは部屋から出る手段を探した。Χブレードで閉じられた扉は決して開かず、この部屋全体に封印の力が働いているのか窓すら破壊を受け付けない。かといって、究極魔法を扱うにはこの部屋は狭すぎる――。
思いついた手段その一は、ヴァニタスが現れるときに使う闇の回廊を利用することだった。部屋に闇が生まれる気配を察知し、すぐ側で待機。ヴァニタスをすり抜け闇の回廊の中へ飛び込もうとしたら――腹の前に差し出された片腕に引っかかってしまった。そのまま抱え込まれ捕まってしまう。魔法使いごときの身体能力、疾風の速度で剣技を繰り出す相手に余裕で止められてしまうのはある程度予測できていたことだけれど……!
こちらがジタバタすればするほど、彼の心は楽しんだ。
「何をしている」
「は、はなしてっ」
「闇の回廊の中に入りたいのか? 鎧もないのに」
「きゃ、うっ……」
体を拘束されたまま、頭を捕まれ闇の回廊へ近づけさせられる。タールのようなもやは近づいただけで息が苦しくなり胸がむかついた。思わず顔を背けるとヴァニタスに顎を掴まれ彼の顔の方へ向けさせられる。意地悪く笑うヴェントゥスの顔。
「無防備に入れば、おまえの心は闇に溶けるぞ」
「ここから出して!」
「だめだ」
やれやれとため息をつくような声音の返事と同時に体を横抱きにされ、ベッドに放り投げられた。柔らかな白布の上で転がっている間にヴァニタスはいつものようにドアの前で腰を下ろし、穏やかにこちらを眺め始める。その優しい視線が憎くて憎くて、憎くいはずなのに愛しいと想ってしまう自分に腹が立つ。
「私をここに閉じ込めて、どうするつもり?」
「別に、どうもしない」
「えっ?」
苦しめるためとかキングダムハーツとの関係のためとか、そういう返事を想像していただけに肩透かしだった。素の返事にヴァニタスがククッと笑う。
「Χブレードが完成したいま、もう計画におまえは必要ない」
「なら――」
「だが、放っておいたら障害になる可能性がある。だからここに閉じ込めた」
その時だけ彼の心がさざめいたので嘘だと思った。計画に必要なく、障害になる存在ならば消す。テラとヴェントゥスの肉体を乗っ取った今なら尚更そうするはずだ。けれど、追求するのが怖くて質問を変えた。
「世界はいま、どうなっているの?」
「いくつかは、闇に堕ちた」
綺麗な笑みで言い放った姿がヴェントゥスのものに見えゾッとする。
「おまえたちのお友だちの世界もあったかもな」
ヴェントゥスとの旅路で出会った友だちの顔が脳裏に浮かんでは消えていった。体が震える。気が狂いそうなほどの恐怖だった。もう誰も傷ついて欲しくないのに、闇に奪われていたなんて。しかし「やめて」と言って聞く相手ではない。どうしたら彼を止められるだろう。力ずくでは――ヴェントゥスを傷つけたくないし、そもそも自分では返り討ちされるのが関の山だ。
ベッドから降りて彼のすぐ前に立った。ヴァニタスは大して身構えず、ただこちらを観察している。
彼に対しこちらの切れるカードは少ない。だけど覚悟はできている。どんな屈辱も苦しみも自分だけのものなら耐えられる。決して屈しない。涙しない。
「……君が憎い」
彼は「だから何?」とでも言いたげな無表情を繕うのが上手だった。けれど、心の中が分かるこちらには彼の内に苛立ちと不愉快が渦巻いているのが手に取るように分かる。
「大嫌い」
目線を同じ高さにしながら告げる。本心だ。なのに、それにより彼の心が軋むのは苦しい。
「このまま捕らわれて生きてゆくなんて、耐えられない」
彼の眉間に皺が寄る。
「もしキミがこれ以上世界を闇に堕としたら、私も消滅するからね」
「脅迫のつもりか?」
彼はハッと笑い飛ばした。
「おまえがいなくなって、俺が困るとでも思っているのか?」
「うん。だって、そうなんでしょう?」
強気に返答すればヴァニタスが黙った。「本気だよ」と言い捨てて、ササッと離れる。
我慢比べだ。彼と同じ空間に居続けることは正直辛いが、彼が世界を闇に堕とすのを少しでも遅らせたかった。
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