ヴェントゥスに突き刺ささったキーブレードはずぶずぶ沈み、少年の薄い体の深くまで突き刺さった。
「あ、あ、だめ。私、そんな、つもりじゃ……!」
ヴァンパイアを倒す剣を求め、剣は応えてくれた。なのにいま、ヴァンパイアを倒すことに怖気づいている。ロクサスによく似たヴェントゥスを手にかけることをためらっている。
これまで剣が現れなかったのはこの決意の弱さのせい。剣を引き抜こうとあがきながらフィリアは考える。ただ、助けたかっただけだ――あの時はロクサスを。今はヴァンパイアに襲われる人たちを。
「そいつから離れろ!」
ヴァニタスが襲いかかってくる。慌てるもヴェントゥスに刺さったキーブレードはまだ抜けないし、剣から手が離れない。攻撃される! フィリアが身を固くした時、何かが飛んできてヴァニタスの突撃を阻んだ。アクアのキーブレードだ。
「フィリア!」
「無事か!」
「アクア! テラ!」
キーブレードライドで駆けつけてきてくれたらしいふたりがフィリアの側に着地した。フィリアは驚いて訊ねる。
「ふたりとも、どうしてここに?」
「フィリアの銃に魔法をかけていたの。ホテルにいないから辿ってみたら、この屋敷の前に落ちていて」
「フィリアがキーブレードが出せるようになってよかった――なんて、言っている場合じゃないようだな」
テラが真剣な表情になる。
ヴェントゥスはがっくり力が抜けた様子で立ったまま、キーブレードも彼に刺さったまま、どちらも動かない。
「教えて。私、どうしたらいいの!」
「光の力によって浄化するんだ」
テラの返答にフィリアは惑った。それでは本当にヴェントゥスを消滅させてしまう。彼が憎いわけではないのに――。
「させるか!」
怒りのヴァニタスが再び襲ってきて、アクアが受けて立った。ふたりの戦いが始まる横で、テラがフィリアたちの側に来る。
「フィリア。このヴァンパイアを滅すると強く願えばできる」
テラの教えに、フィリアは必死に首を横に振った。
「できないよ。私、ヴェントゥスを消したいなんて思えない!」
ヴェントゥスといてもロクサスのことばかり考えていた。ヴェントゥスは血を吸おうとしてばかりだった。けれど、滅したいと思うほど彼を憎んでいなかった。
「ヴァンパイアに、好きでなったわけじゃない」
フィリアは、あの日のヴェントゥスの言葉を思い出して、剣に願う。
「お願い。私は、ヴェントゥスを助けたい!」
キーブレードが強く輝きだした。魔法の風が発生し、髪や服が激しくなびく。キーブレードが動かせる気配がしたので、フィリアは思い切り引っ張った。
キーブレードがずるりとヴェントゥスから抜けきって、彼の体から闇色の泥が血のようにあふれ出てくる。
「これは、何だ……?」
粘性の泥のような物質が溢れるのを見て、テラが警戒を示す。
「気をつけて。強い闇を感じるわ!」
交戦中のアクアも異変に気づいたようだ。テラがとっさにフィリアを背に隠し、キーブレードを構えた。
ヴェントゥスは地に伏し、彼から出てきた闇の塊はぐちゃぐちゃとうねり、固まり、やがてヴェントゥスと同じの形になった。金色の珠の目がふたつ、らんらんと光っている。金の目を見た時、フィリアは橙になっていたロクサスの瞳が脳裏に浮かんだ。
「ひっ――」
闇の塊はフィリアたちを見るや、獣の威嚇のように咆えた。おぞましさにフィリアは恐怖でテラにすがりつく。
「テラ。あれは?」
「……ヴァンパイアに宿っていた闇が具現化した存在のようだ」
「これがヴァンパイアを消滅させるということなの?」
「違う。あんなものは、俺も見たことがない」
アクアとヴァニタスも戦闘をやめ、闇の様子をみていた。闇はしばし周囲を見回すと、狂った獣のように襲いかかってくる。
「フィリア、下がっていろ!」
まず、テラが受け止めた。すさまじい力の一撃をうまく受け流し、そのまま戦いをはじめる。途中からアクアが加勢し戦いは激化していった。
彼らを目で追うことで精いっぱい。加わっても足を引っ張るだけだとフィリアが戸惑っていると、唐突に首を絞められた。ヴァニタスだ。
「おまえ。何をした。俺の兄弟に何をした!?」
強い力でフィリアは息ができない。意識が霞がかってきたとき、ちょうど闇がテラの攻撃でフィリアたちの方へ弾き飛ばされてきた。ヴァニタスを巻き込んで転んだ闇は、次に彼を襲いはじめる。ヴァニタスが舌打ちしながら応戦した。
「くそっ、なんだっていうんだ!」
無差別に襲いかかる闇。
ヴァニタスが闇の頭を掴み、地に強く打ちつけた。次に闇をキーブレードで仕留めようとし、闇に仮面を蹴り上げられる。ヴァニタスに入れ替わり、アクアが死角から飛び出して闇の胴体を真っ二つに斬り捨てた。それが致命傷になったようで、闇は立てなくなりジタバタもがく。
「フィリア、浄化して!」
アクアが叫びに、フィリアはせき込みながらもキーブレードを構え、切っ先を闇に向けた。願った通り浄化の光によって闇は氷のように溶けてゆき蒸発。最後には何も残らなかった。
「ヴェントゥスは?」
フィリアはハッとしてヴェントゥスへ駆け寄って彼の状態を確認した。キーブレードが刺した場所に傷はなく、僅かに開いている口の中に牙がない。バラ色の頬。あたたかな体温。
「テラ。アクア。この子、ヴェントゥスを見て。ヴァンパイアだったはずなのに」
テラとアクアが近寄ってきて、同じく気絶しているヴェントゥスをのぞきこんだ。誰が見ても、普通の少年が健やかに眠っている状態だった。
アクアがテラへ言った。
「テラ。先ほどのあれは、まさかフィリアの――」
テラが首を横に振る。
「俺たちが決めることではない。アクア。まずはマスターへ報告しよう」
「……そうね。わかったわ」
フィリアはヴェントゥスを見下ろした。何が何やら分からないが、ひとまず一件落着かと思った――が。
「よくも、俺の兄弟を――」
ヴァニタスを忘れていた。仮面がひび割れ、彼の顔半分が見えてしまっている。
「ソラ?」
色こそ違えど、ソラと同じ貌。しかしその衝撃に呆然とする暇もない。彼はソラには浮かべないであろう憎悪と嫌悪の表情で叫んだ。
「消してやる。人間ども!」
いままで浴びせられていた殺意など比べ物にならないほど、その時のヴァニタスからの殺気はすさまじく、テラとアクアがまた身構えたときだった。突然ヴァニタスが「マスター?」とつぶやき、あらぬ方向を見やる。
「邪魔をするな。いま、ここにいるやつらを全員……」
彼は電話をかけているように、ひとりでブツブツ会話をしたかと思えば、苦虫を噛んだ顔で舌打ちした。羽を広げ、視線だけで殺せそうなほど、フィリアをきつく睨んでくる。
「次に会った時、必ずおまえを食らってやる」
バサッと羽音ひとつ残し、ヴァニタスは一瞬で消え去った。
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