マスターエラクゥスに連れられてたどり着いたのは都会ではあるが、教会の街よりは野生の自然が多い町だった。ここには教会がなく、人々は十字架を身に着けていないようだ。これほどの規模の町ならばもっと活気があってもよいのではと世間知らずのフィリアですら思うほど静まりかえった町だった。

「お待ちしておりました。マスターエラクゥス」

 凛とした女性の声がして、フィリアは見回すのをやめて正面を向いた。青髪の少女がかしこまった様子で立っている。マスターエラクゥスが彼女に頷いた。

「アクア」

 彼女がアクア。フィリアはしばし食い入るように彼女を見つめた。フィリアよりも年上であろう彼女は、整った顔面や輝く瞳だけでなく、均整のとれたスタイルで手足もスラっと伸びており、非の打ちどころのない美少女だった。女性はヴァンパイアハンターに向かないとリクからあれほど言われていたが、これほど美しい少女が現役で戦っていることはフィリアにとって希望である。
 アクアは髪と同じ青い瞳を動かしフィリアを見とめると「あなたが、フィリアね」と柔らかく笑んだ。

「ひゃい、そうです」

 緊張のあまり噛んでしまったフィリアは、思わず顔を真っ赤にする。そんなフィリアにアクアはクスッと笑って「私はアクア。よろしくね」と挨拶をしてくる。飾らない態度と優しい笑顔に、フィリアは一気にアクアを好きになった。



 アクアの案内でフィリアたちはまずこの町の町長と会うことになった。町の中央、立派そうな建物の最上階に通され、豪華そうなソファを置いた応接室に通される。マスターエラクゥスだけが座り、弟子たちはソファの後ろに整列して待機した。
 しばらくして現れた町長は愛想笑いした中年・小太りな男で、腰に銀色の十字架と聖水の瓶をさげていた。

「いやぁ、どうも。このような町の招きに応じて下さり、感謝します」

 簡単な挨拶の後に始まった町長の話を聞くに、一カ月前よりほぼ毎日、全身から血を抜かれた変死体が見つかるようになったらしい。町の医者や警察は原因不明の失血死と断じたが……

「私は外の町から来たので、一度ですがあのようなおぞましい死体は見たことがある。ヴァンパイアの仕業だとすぐに分かりました」

 すでにアクアが調査した結果でも、ヴァンパイアが犯人で間違いないらしい。しかしこの街はヴァンパイアハンターたちを支援しているどころか、その存在すらよく認知されていないとのこと。会話中ずっとあぶら汗をぬぐいっぱなしだった町長は、無意識なのか腰にさげていた十字架をぎゅっと握りしめていた。

「今日まででもう三十人近く、女性や子供を中心に犠牲となっています。どうかこれ以上の犠牲者が出る前に──」
「承知した。我らがそのヴァンパイアを討ちましょう」
「おお、そうですか。必要なものは全てこちらで用意します」

 礼を何度も言いながら町長のてっぺんが禿げた頭がペコペコ下がるのを見つめながら、フィリアはロクサスたちもこういうことをしていたのだろうかと考えていた。





 町長から用意された贅沢なホテルを拠点にし、さっそくアクアから更なる話を聞くことになった。アクアは昨夜、犯人と思しきヴァンパイアと遭遇したという。

「銀髪で褐色肌の男。確かにマスターから聞いていた通りの特徴でした」

 マスターエラクゥスは強面を更に険しくさせながら、じっとアクアの話に耳を傾けている。

「去り際にひとこと『エラクゥスを呼べ』と──」
「そうか。ご苦労だった。引き続き頼む」

 それきり、マスターエラクゥスが瞑想をはじめてしまった。どうしようかと惑うフィリアへテラとアクアが話しかけてくる。

「フィリア。昼の間にこの町を案内するわ」
「ヴァンパイアと戦うためには、町の地図を覚えておかないといけないからな」

 断る理由もない。フィリアは頷いて二人と共に町へ繰り出した。
 秋の始まりにさしかかった涼しい気候のなか、人通りのほとんどない道を進む。三十人にも及ぶ奇妙な死体が連日発見されていれば、住民が怯えて家に引っ込んでしまうのも納得である。

「昨日アクアが遭遇したときに、襲われた人間はいたのか?」

 テラの問いに、アクアは黙って首を横にふる。

「私が来てからパッタリ事件は起きなくなってしまったから──昨晩、私の前に現れたことといい、あちらはすでにこちらを見つけ、監視している」

では、今も彼らに見られているかもしれない。フィリアが顔を強張らせるのを見とめ、アクアが笑んだ。

「ヴァンパイアは日光の下では動けないし、動けたとしても満足に力を発揮できない。今は私たちが一緒だから、心配しなくていいのよ」
「ああ、俺たちが必ず守る」

 ソラたちよりもベテランそうな二人に両脇を固められながらそう言ってもらえることは心強いものの、すでに戦いは始まっているのだとフィリアは冷や汗をかく思いで小さく頷く。

「それで、やつらの隠れ家に心当たりは?」
「恐らく町の人間に住処を提供させていると思う。けど、この街全体が協力的じゃないから、まだとても絞りこめない」
「わかった。まずは探しやすいところから潰していこう」

 そうしてフィリアたちは、まるで子どもの探検隊のように無人の古屋敷や地下水路の入口を覗き込んだ。可能性は限りなく低いが、それでもゼロではないところ。または戦闘中、手負いのヴァンパイアが朝日から逃げこむような場所は一番に頭に入れておかねばならないと教えられた。
 そうしているうちに時は進み、夕焼け空になっていた。カラスの鳴き声を聞き、テラが今日はこの辺で探索は切り上げようと提案する。

「やはり、人間を操って寝床を提供させているようだな」
「町長にも町の有力者を調べてもらっているから、近日中に何かしらわかるはずだわ」



 ホテルに戻り夕飯を済ませた後。マスターエラクゥスとテラとアクアは本格的な戦支度を始めていた。ヴァンパイアの活動時間だ。昼の穏やかな様子と打って変わって、ピリピリとした緊張感に包まれていた。

「私たちは見回りに行ってくるから、フィリアは部屋で待っていて。誰が来ても入れちゃだめよ」

 この部屋にはアクアの魔法の守護がかけられており、闇の者は入ってこられないらしい。アクアに念を押され、フィリアは素直に頷き彼らを見送る。
 約束から三日が経つもキーブレードはまだ手に現れない。加えて、相手は数十人を殺したヴァンパイア。残り四日でこの高レベルな戦いに巻き込まれて生き延びられるのか、役に立つことができるのか──フィリアは不安に押しつぶされそうになり、気まぐれを求め窓から外をのぞきこんだ。夜空にはあと数日で満月になろうとしている月が浮かんでいる。

「──ん?」

 テラたちが見回りしている姿でも見えないだろうか。そんな気持ちで眺めていた夜の街並みだったが、フィリアはホテルから近い二階建ての民家の屋根に白い塊があるのを発見する。よく目をこらせば、白い布を頭からかぶっている子どものようだった。顔は布が邪魔で見えない。あんな場所であんな恰好をして、いったい何をしているのだろう。
 疑問のままその姿を見つめていると、しばらくして子どもはすっと立ち上がり、背からコウモリのような羽根をパッと生やした。フィリアは己の目を疑う。羽根の生えた人間など聞いたことがない。あの羽根は作り物だろうか。フィリアが困惑している間に、子どもはひょいと屋根から降りて羽ばたきながらホテル近くの通路へと姿を消した。

「本当に、羽根で飛んでた……」

 信じられないものを見たフィリアは、心臓がバクバクし冷や汗を流していた。動揺しているし、深く考えることができない。たったいま確かに見たあれは、いったい何だったのかわからない。
 まだ、この近くにいるはずだ。

「ちょっと様子を見てくるだけ──すぐに戻れば、きっと大丈夫」

 言い訳するようにフィリアは呟く。このまま部屋に篭って怯えているよりも、あの不思議なものの正体を自分の目で確かめてみたいという気持ちが勝った。
 念のため銃を装備し、弾が入っていることも確認する。聖水、十字架、ナイフもテキパキ身に着けて、フィリアはホテルの部屋を飛び出した。




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