「ここにいたのですか」

 ロクサスの部屋から出てきたゼクシオンに、アクセルは急ぎ足で近寄る。

「容態は?」
「大分落ち着きました。もう面会してもだいじょうぶですよ」

 ゼクシオンは扉をちらりと振り向いて、批難を込めた瞳でアクセルを見た。

「しかし、禁断症状とは。――まったく、あなたがついていながら」
「……」
「今回は幸運でした。彼が本気で暴走してしまったら、おそらく僕たちの手には負えませんから」

 ため息をつきながら、ゼクシオンが持っていた道具の中から茶色の試験管を選び取る。まっすぐに差し出されて、アクセルは眉を顰めた。

「いざというときのために、あなたにひとつ預けておきましょう。ご自身に使われても結構です。二度と、このようなことで僕の手を煩わせることのないように」
「…………ああ」

 憮然とした表情のままアクセルが試験管を受け取ると、ゼクシオンはすたすた去っていった。その足音が聞こえなくなるほど遠ざかると、アクセルは試験管をコートにしまい、音をたてないようそっと部屋の扉を開く。

「アクセル……」
「よ。気分はどうだ?」

 部屋の主であるロクサスは、仰向けにベッドに寝転んでいた。彼の視線は窓の外――暗雲たちこめる黒い空に何を見出しているのかアクセルにはわからない。
 ロクサスは、視線の先を変えずに訊ねてきた。

「俺に、何がおきたんだ?」
「ゼクシオンから聞かなかったのか? おまえ、血が足りなくて倒れたんだよ」
「それは分かってる。知りたいのは“あの時”のことだ。俺が俺でなくなるような、あの感じ――」
「……そりゃあ、ただの禁断症状だ。覚醒とか極限とか、暴走とか呼ぶやつもいるけどな」
「症状?……俺、病気なのか?」

 ロクサスがゆっくり起きあがる。アクセルは乱暴に頭をかきながら、近くにあった椅子に腰掛けた。

「ずっと前、俺が教えたことを記憶してるか。おまえがここに来たばかりの頃だ」
「……」

 記憶を模索するガラスのような瞳を見返しながら、アクセルは腕を組んだ。

「俺たちは呪われている。そのおかげで不老不死だし頑丈だが、血を摂り続けないと消えちまう」
「あぁ――」
「限界ギリギリになってくると、その呪いが暴れだすんだ。消えたくねぇってな。生存本能っつーか、火事場の馬鹿力っつーか……とにかく自我を失って、近くにいるやつを見境なしに襲っちまう」
「それじゃあ、俺は、やっぱりフィリアを……」

 くしゃりと顔を歪ませたと思ったら、ロクサスは俯き両膝を抱く。小さく縮こまった親友へ、アクセルは慎重に言葉を選んだ。

「仕方ねぇよ。腹が減ってるところにごちそうがあったら誰だって――」
「殺すのが、当然だったっていうのか!?」

 弾かれたように顔を上げ、悲痛な声でロクサスが叫ぶ。
 アクセルは静かに己を写す青を見つめた。それが脆く揺れ動くのは、彼がまだ幼い証拠だ。

「あのな……それが、俺たちだろ?」

 問い返しに、ロクサスが唇を強く噛む。アクセルは淡々と言い慣れた言葉を吐いた。

「俺たちは人間になれないし、人間は俺たちを受け入れられない。寄り添いたいならこっちへ招くしかないんだ、ロクサス」

 名を呼ばれ、ロクサスが弱々しく視線を逸した。――震えている。

「フィリアは、こんな体になるのが嫌じゃないかな?」
「『嫌だ』って言われたら、諦められるか?」
「できない。そんなの、もうきっと無理だ……俺、フィリア以外の血は欲しくない……誰にも渡したくないんだ」

 駄々をこねるように首を振るロクサスに、アクセルは眉を寄せた。アクセルの知っているとおり彼はとても純粋だ。――それ故に、すこぶる悪い。

「……なら、こうしてる暇はねぇな」

 アクセルは立ち上がり、のろのろ見上げてくるロクサスに笑いかける。

「ロクサス。フィリアを迎えに行くぞ」




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