バサリ、バサリと羽音をたてて、ヴェントゥスはある民家の屋根に降り立った。時刻は深夜。夜空には猫の爪のような月が浮かんでいて、その周りに宝石のような星が散らばっている。

「来たか」

 すでにいた漆黒の影が動く。ヴェントゥスが気だるげにそちらを見ると、ヴェントゥスと同じように背中に蝙蝠のような羽根をつけたヴァニタスがいた。お揃いの真っ黒なマントで体をすっぽり覆っていたので、闇に紛れその金の瞳だけが浮かんで見える。

「話ってなんだよ?」
「おまえ、最近喰ってないな」

 ヴァニタスの言葉にヴェントゥスの肩がピクリと揺れた。

「そうかな。結構食べてるつもりだけど……」
「おい。俺をごまかしきれると思うのか?」
「……」
「俺はおまえが餓えようと興味はないが、計画に支障がでることは見過ごせない」

 ヴェントゥスが無言で顔をそらすと、ヴァニタスは不愉快そうに目を細めた。薄い雲が流されて、いっそう月の光が強くなる。

「空腹のままじゃ戦いも満足にできなくなる。今おまえが消えたりしたら、計画にどれほど影響を与えるのかわかってるのか」
「計画、かぁ。はは……ヴァニタスはいつもそればっかりだ」

 生ぬるい風がヴェントゥスとヴァニタスの髪とマントをなびかせる。遠くの森からふくろうの鳴き声が聞こえてきた。

「ちゃんと覚えてる。だいじょうぶだよ。俺にとっても大事なことだし」

 ヴェントゥスは薄く笑いながら背後の壁に寄りかかる。納得いかない表情のまま、ヴァニタスが静まりかえった町に目を向けた。 

「――おまえ、あいつらが来てから変だ」
「『あいつら』って?」
「とぼけるな。ヴァンパイアハンターの連中に決まっている」

 その名前を聞いたとき、ヴェントゥスの表情が僅かに変わる。ヴェントゥスの様子に気づいていないヴァニタスは言葉を続けた。

「あいつらは敵だ。気を許せば消されるぞ」
「ヴァニタス、俺は……」
「まさか『消されたい』だなんて思っているんじゃないだろうな?」
「な、何言ってるんだよ。そんなこと思うわけないだろう」
「違うなら、きちんと必要なだけ食べておけ」

 羽音がする。ヴェントゥスがヴァニタスの方を向くと、もうそこに姿はなかった。

「……あいつ、心配してくれたのか」

 不器用な優しさに嬉しく思うと、腹から情けない音があがる。ここしばらく何も口にしていない。いくら不死を約束されているといっても、その代償が現れはじめていた。
 空腹を訴え続ける腹に力を込めてヴェントゥスは立ち上がる。約束の時間が近かった。

「お腹すいた……でも我慢しなきゃ……」

 そう言って星空を見上げる瞳には、苦しみ以上に愛しさが篭っている。ふらつきながらも屋根を蹴り、ヴェントゥスは再び空に羽根を広げた。




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