「まだ喰っていないのか」

 ヴェントゥスが帰宅するなり、挨拶より先にヴァニタスが口早に訊ねてきた。その表情は見るからにご機嫌ナナメ。居心地の悪い視線にヴェントゥスは指先で頬をかいた。

「んー、まぁ……」
「なにをもたついている。どうせ殺さないくせに」
「うわっ、ヴァニタス! マスターに聞かれたら」
「今はいない」

 カツン、カツン、とヴァニタスが大理石の床を大股に歩きだす。ヴェントゥスもそれに続いた。

「なぁ、もしかして怒ってる?」
「おまえの獲物が騒いだせいで、俺の獲物が逃げ出した」
「あ、なるほど……」

 それで拗ねていたのかと、ヴェントゥスはマントを脱ぎならがらこっそり笑う。

「おまえが手こずるなんてな。強いのか、その見習い」
「違うよ。あの子、なかなか抵抗してくれないんだ」
「そっちか。なら、素直に息の根を止めればいい」
「嫌だ。絶対にそれはしない」

 ヴァニタスから小さな舌打ちが鳴る。

「悲鳴をあげさせることくらい、どうとでもできるだろ」
「ただでさえ怖い思いをさせるのに、それ以上はかわいそうだ」
「『かわいそう』か。そんな心、捨てたほうが楽になるぞ」
「……ヴァニタスは楽になった?」
「……ああ。俺たちは“バケモノ”だからな。必要ないだろ」
「…………」

 会話が途切れしばらく足音だけが廊下に響いた。次第に二人は屋敷の最奥、贅を尽くされた空間に辿り着く。ヴァニタスの部屋の前までやって来ると、ヴァニタスが振り向いた。

「しぶといようなら獲物を替えろ。そいつは俺が喰う」
「嫌だよ。あの子は俺のだって言っただろ」
「面倒なやつ。時間をかければ抑えきれなくなるぞ」
「……気をつけるよ」

 ヴァニタスが扉を開いた。部屋の中に入る前に視線だけでヴェントゥスを見る。

「“このこと”――いつまでもマスターに隠し通せると思うなよ」

 そう言うとヴァニタスは扉を閉めた。辺りがシンと静かになる。

「……戻れないとしても、俺は……」

 扉の前で俯きながら呟かれた言葉は、途中で音を失っていた。



試終








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