【部屋から出る】

 こんなところでのんびりとなんてしていられない。フィリアは立ち上がり、そっと扉のノブに手をかけた。鍵はかかっておらず、扉は素直に開いた。
 広い廊下は最低限の明かりのみで、床にはカーペットがあるので足音は立てずに済みそうだ。とにかくこの屋敷から脱出し、マスターたちの元へ帰らなければ。窓からの景色から察するに、ここは二階以上である。まずは降りる階段を探すためフィリアがおそるおそる廊下へ出ると、幸か不幸か先ほどの使用人たちはいなくなっていた。

「確か来た時はこっちから……」
「おい、お前」

 背後から低い声に呼ばれて、ぴゃっ! とフィリアの肩が跳ねる。振り向くと、隣の部屋の扉の前に黒い仮面の少年が立っていた。
 アクアとテラがよく戦っている相手だ。ヴェントゥスと背の丈が同じなのに、こちらは禍々しい雰囲気である。

「なぜ、ここにいる?」

 仮面の中からきつく睨まれているのが分かる。フィリアはこっそり銃を探ったが、飛行中に落としてしまったらしく、ホルダーは空だった。

「答えろ」
「……ヴェントゥスに連れてこられたの」

 苛立った声に脅されフィリアが素直に答えると、仮面の少年はつまらなそうに鼻を鳴らした。

「それで。おまえがこの屋敷内をうろつくことを、あいつが許可したのか?」
「そうじゃないけど……」
「だろうな」

 仮面の少年の姿が一瞬でフィリアの目の前に移動したと思ったら、胸倉を掴まれ、持ち上げられていた。

「ヴァンパイアと出会っているのにキーブレードも構えないヤツは――すぐにこうなるからな!」

 乱暴に投げられて、フィリアは壁に叩きつけられた。血がぬるりと顔面を流れる。仮面の少年が笑った。

「ああ、いい血の香りだ――あいつが食わないなら、俺がこいつを食ってもいいよな」

 ブツブツ言いながら近寄ってくる。フィリアは逃げようとしたが、頭を打ち付けたせいかめまいがひどく立ち上がることすらできない。

「だいたい、おまえのせいであいつが飢えることになったんだ。おまえさえいなければ――」

 フィリアの目の前で、少年が仮面をとった。彼の素顔を見たとき、フィリアは呆然と声をもらす。

「え、どうして……」

 美しい少年は、にたりと笑った。

「せめて、苦しまないようにしてやるよ」

 フィリアの首に少年の牙がつきたてられた瞬間、フィリアの体は電撃が落ちたように痙攣し、ごきゅごきゅと血を失ってゆく感覚に支配された。意識は快楽に満ち、視界はチカチカとした桃色に包まれ、体はどんどん寒くなっていって、やがてすべての感覚を失い、あっけなく絶命した。





BADEND-2




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