昨夜の銃声は何事だと心配してきたテラたちへ、フィリアは怪しい影を見たので撃ってしまった。気のせいだったと言い張った。彼らはいぶかしんだものの、むやみに撃たぬよう注意するに留めてくれて、ヴェントゥスと会っていた事実はなんとか隠しおおせた。
夕日が沈むのを眺めながら、フィリアはため息をこぼす。
「もう5日目がおわる……」
未だ、キーブレードの気配はない。7日目の日没までに出せなければ「安全なところ」へ送られてしまう。もし安全なところでキーブレードを出せるまで訓練を受けたとしたら、訓練終了までいつになるか。その間にロクサスがヴァンパイアハンターたちと遭遇せず無事でいる可能性はどれくらいなのか。寄り道している時間はないのに。
陽が落ちると、マスターエラクゥスたちの出発を見送った。すると十分もしないうち、バルコニーより羽音がする。フィリアがカーテンを開けば当然のようにヴェントゥスがいて、にっこり手を振ってきた。
「やぁ」
フィリアはバルコニーへ出て、ヴェントゥスにつかつか歩み寄った。正面に立ち、服の襟をくいと指にかけて首筋を見せつけるようにする。ヴェントゥスからもの欲しそうな視線がそそがれた。
「ヴェントゥス。そんなに私の血がほしい?」
「うん」
「私が嫌がれば、吸うの?」
「フリじゃだめだよ」
ヴェントゥスが、ゆるくかぶりをふる。
「吸血中も本気で嫌がってくれないと」
「なぜ?」
「それは――えーと」
ヴェントゥスはしばし考えて、改めてにっこり笑う。
「『助けて』って怯える声が最高だから……」
「最低」
「ウッ――」
フィリアが睨むと、ヴェントゥスは大げさにショックを受けた顔をした。
「じゃあ、私から血を吸ってっ頼んだ方が、気持ちが萎えて諦めるの?」
ヴェントゥスがおもむろに手を伸ばしてきて、フィリアの首筋を指先ですっとなでてくる。
「俺たちは一度決めたらそう簡単には諦めないし、そんなことをされたら、うれしくてすぐに殺しちゃうよ」
まるで小さい子へ注意するような口調で言われ、フィリアはゾッと身を引いた。ヴェントゥスが困り笑いをする。
「だから、ちゃんと抵抗してほしいんだ」
「今まで出会ったヴァンパイアは、誰もそんなこと言わなかった」
それとも花嫁にしない場合、抵抗や悲鳴が必要なのだろうか?
ヴェントゥスがはぁ〜とため息を吐く。
「君だってヴァンパイアハンターらしくないよね。全然キーブレードを使わないし――ひょっとして、使えないの?」
フィリアが何も言わなくても表情にすべて出ていたらしい。ヴェントゥスがひとり納得したように「そっか」と頷く。
「いつまでも銃ばっかり使うから、むしろ納得したよ」
「見くびらないで。すぐに出せるようになるんだから……」
フィリアがムスッと返すと、ヴェントゥスが笑った。
「キーブレードが使えないなら、ヴァンパイアハンターになんてならないほうがいいよ」
「一度は出せたもの! それに、ヴァンパイアハンターにならなきゃ、私は――!」
うっかり話し過ぎた。突然フィリアが口ごもると、ヴェントゥスが顔をのぞき込んでくる。
「どうしてヴァンパイアハンターになりたいんだ? 守りたい人がいるの?」
フィリアは背筋がひやりとした。ヴェントゥスの顔はずっと笑っているのに、いまは目が笑っていない。
「うらやましいな。俺も、君にそう思ってもらえたらいいのに」
「私、自分を殺そうとするヒトを想うほど変人じゃないの」
「そうかな。俺が通っていること、仲間たちから隠すほどには俺を気に入っているんでしょ」
「それは……」
まるで仔犬のように甘えてくるきれいで無邪気な男の子。ロクサスと瓜二つなことを除いても、ヴァンパイアでなければ可愛いと思うところだろう。
「フィリア」
フィリアが黙っていると、ヴェントゥスが寄ってきた。耳元で囁いてくる。
「君は、俺のことをどう思っているの?」
ヴェントゥスがロクサスとだぶる。フィリアは思わず言ってしまった。
「あなたが、ヴァンパイアじゃなければよかったのに」
答えた瞬間、ヴェントゥスがパッと離れた。挙句、背を向けたのでフィリアからは彼の表情が分からない。
「俺だって、好きでなったわけじゃない」
ヴェントゥスが羽がバルコニーに広がり、そのまま飛び去ってしまった。フィリアは呆然と彼の飛んで行った方向を眺めていた。
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