昨晩、テラとアクアは少々の手傷を負って帰ってきた。仮面のヴァンパイアと戦い、苦戦を強いられたそうだ。きっとヴェントゥスの仲間だろうとフィリアは考える。

「増血剤は常に持ち歩いているの」

 傷跡は魔法で消せるが、失った血は補うことはできない。命をかけてヴァンパイアと戦う彼らを見て、ヴェントゥスとのことを秘匿している己はヴァンパイアハンターにはふさわしくないと――フィリアの中で罪悪感と焦燥がつのっていた。
 今夜も留守番を命じられたフィリアは、あのノック音を聞いてからバルコニーへ出た。フィリアが素直に応じたことに喜び、ヴェントゥスはうれしそうに羽をばたつかせている。
 ヴェントゥスはニコニコしながらフィリアへ問いかけてきた。

「君は夜の見回りに行かないの?」
「昨日『また明日』って言ったのはあなたの方」

 ヴェントゥスはきょとんとし、それから艶やかに目を細める。

「へー……嬉しいな。俺を待っててくれたんだ」
「勘違いしないで。今日私がここにいたのは」

 フィリアは銃を取り出し、きっちりヴェントゥスに向けた。

「――あなたを倒すためだから」

 当てられるとは思っていないが、通ってくる割に条件にこだわって血を吸おうとしないこのヴァンパイアの本心を探りたかった。
 ヴェントゥスが腹をかかえて大笑いする。

「君には無理だよ」
「そんなの、やってみなきゃわからないでしょ」
「試すのは構わないけど、ここの備品を壊すだけだ」
「私が見習いだから見くびっているの?」
「逆だよ。君が俺を甘く見てる」

 声音が若干変わったので、フィリアは内心たじろいだ。ヴェントゥスは己の胸元に手を広げ、嘲りを含んだ笑みで囁いてくる。

「俺を消したいのなら俺の心を壊さないと。ヴァンパイアの倒し方、まさか知らないわけじゃないだろう?」

 ヴァンパイアはキーブレードでなければ倒せない。強靭な肉体はいくら破壊しても修復し滅ぼせない。ゆえに、その心を壊すのだ。
 ヴェントゥスがゆらりと近づいてきたので、フィリアの体がびくりと震えた。

「俺がここに来ること、あの三人に言ってないのか」
「近づかないで」

 フィリアが後退りつつ標準を定め直す間も、ヴェントゥスは気にせず近づいてくる。

「どうして剣を持っているあいつらに頼らなかったんだ?」
「あなたに言う必要はない」

 彼の見た目のせいだ。ヴェントゥスはロクサスに似ているだけの別のヴァンパイア。彼の望みを叶えて殺されたら、ロクサスにはもう会えなくなるのに――。
 ヴェントゥスが銃をチラリと見やりため息を吐く。

「だから、そんな玩具じゃダメだって」
「銀の弾でも、心臓や脳に当たればいくらあなたたちだって……」
「確かに銀の傷は治療に時間がかかるけど……それは『当たったら』の話だろ」
「ちょっと、それ以上は本当に……」

 フィリアの背がバルコニーの壁に触れた。もう後がない。
 キーブレードを呼び出せる気がしない。身を守らねば。トリガーにかけたフィリアの指に力が篭もる。警告にかまわず、ヴェントゥスの唇が弧を描いた。

「それとも、そうやって俺を誘ってるの?」

 フィリアの頬がカッと熱くなるのと、銃声が夜の街にとどろくのは同時だった。
 小銃はバルコニーの床をくるくる滑り、銀の弾は天上に穿かれている。
 引き金を引いた次の瞬間にはフィリアは窓に押し付けられていた。
 月を背景に至近距離から見下ろしてくる青色の瞳がロクサスと同じ色で、フィリアは泣きそうになるのを、彼をきつく睨むことで堪えようとした。

「銃、向いてないよ。小型とはいえリボルバーは力もいるし」
「……余計なお世話」

 ヴェントゥスの指が首筋にかかり、ゆっくり牙が近づいてくる。
 キーブレードよ、この手に現れろ。
 何度目かの祈りはやはり通じず。命の危機に瀕しているのにやはり剣は現れない。
 牙が皮膚に沈む――寸前で、ふいとヴェントゥスが離れた。

「――また、そうやって諦める」

 あれこれ注文をつけてくるヴァンパイア。フィリアは彼と同じ表情をした。キーブレードを呼び出すことに夢中になっていただけで、諦めきっていたわけではない。

「逃がさないくせに足掻けだなんて――悪趣味」
「し、仕方ないだろ。ヴァンパイアはみんなこんな食べ方が好きなんだから……」

 恥ずかしそうにごにょごにょ言うヴェントゥス。確かにデミックスもフィリアが泣く姿を喜んでいたことを思い出す。
 なぜ、ヴァンパイア好みに振舞わなくてはならないのか。フィリアはムカムカした。

「不満があるなら、別に食べなくていいのだけれど」
「いやだ。今は君以外食べる気しない」

 駄々っ子のように言ってくるので、フィリアはうっかり毒気が抜かれた。チャームで魅了し「血を吸っている間抵抗しろ」と言えば済む話では?

「……変なヒト」
「えっ、そうかな?……って、君の方が変だろ。生きたくないの?」

 あきれ顔のヴェントゥスから解放されたので、距離をとりながらフィリアはふさわしい言葉を探した。
 いまの願いはロクサスに会うこと。会うためには

「生きなきゃ、とは思ってる……」

 キーブレードを扱えなければ今後ロクサスに会える確率はきっと限りなくゼロに等しくなり、それならばもう、生きている意味がない。

「なんだよ、それ?」

 ヴェントゥスが眉根を寄せる。
 ふと、夜の街に反響する足音が聞こえてきた。こちらへ近づいてきていることから、テラとアクアのものだろう。

「テラたちが戻ってきた。もう帰って」
「俺を逃がすの? 君にとっては助けだろ?」
「いいから、早く」

 出会えば戦うことになる。できることなら両名ともに傷ついてほしくない。
 ヴェントゥスは不思議がっていたが、素直に従ってくれた。

「……わかったよ。それじゃ、またな」

 ヴェントゥスがバルコニーから無事に飛び立って行って、フィリアは腹の底から安堵の息を吐いた。




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