その次の夜。
昼はフィリアも他のヴァンパイアハンターと共に巡回に行っているが、夜の見回りには参加していないことがわかった。大方、フィリアがヴァンパイアに目をつけられたことを師に報告したのだろう。招かれない部屋にヴァンパイアは入れない。夜だけでもホテルの部屋に閉じこもってしまえば安全とでも思っているのだろうか。
「これくらい、どうとでもできるのに……」
ゼアノートが認めるほどの男がその程度の対策で済ますとは到底考えられないが、ヴェントゥスはフィリアのいるホテルに行くことにした。ちょうど良くフィリアのいる部屋にはバルコニーがついている。そこへ立った。
分厚い布で隠された部屋の中。その窓をノックするとしばらくしてカーテンが揺れて開かれた。姿を現したフィリアがヴェントゥスを見て硬直する。とりあえず軽く手を振ってみると、あの小銃を向けられた。
「あなたは……!」
「こんばんは」
「どうしてここが」
「ちょっと調べればすぐにわかるよ。それよりも、本当にそこから撃つの?」
屋内から撃てば窓が割れる。もし弾がヴェントゥスに当たらなければ、フィリアはその後自ら敵の侵入を許すことになるだろう。ヴェントゥスに威嚇が全く効いていないことを悟ると、フィリアは歯噛みしながら銃を下ろした。
「私のことを喰らいに来たの? 次はないって言ったはず」
「俺はあるって言ったよね。君を獲物にしていることも」
「…………」
フィリアが眉をひそめるのを見つめながら、ヴェントゥスはバルコニーの手すりに腰掛けた。
「出ておいでよ。今日は何もしないから」
「そんな言葉、信じると思う?」
「信用ないな。当然だけど」
ヴェントゥスが軽く肩を竦めると、それに何を思ったのかフィリアしばらく考える素振りの後おそるおそる窓を開きやってきた。あまり広くないバルコニーの中、できるかぎり離れて立つ。
「なにしに来たの?」
「君と話したくて。君のことが知りたいんだ」
「わけがわからない。あなたにとって私は名前すら忘れる存在なんでしょ?」
「でも、今は最高の獲物だよ」
答えながらヴェントゥスはうっとりとフィリアを見た。ゼアノートは成熟した美女を好んでいたが、ヴェントゥスたちは年頃の近い未成熟の少女を好む。相手の体の大きさが自分と近い方が吸血しやすいし、穢れの知らない者にあの快楽を刻みつけることは背徳的な悦楽があってとてもたまらないからだ。フィリアは小柄な体つきをしているし、そちらの方面には無知そうに見える。容姿は端麗で清艶、これに嗜虐性を程よく刺激してくれる“生への執着”が加わればとても理想的なのだが……。
ヴェントゥスに熱っぽく見られフィリアが身を固くした。握っている銃に籠める力が強まっている。
「あぁ、ごめん。つい」
ヴェントゥスは悪びれもなく謝ると、フィリアがためらいながら口を開いた。
「名前、ヴェントゥスだったよね」
「うん」
「マスターが言ってた。あなたはゼアノートの仲間だって」
「ああ。俺のマスターだ」
「ゼアノートは人間を快楽目的で手にかけるヒト。あなたもそうなの?」
「違うって答えたら、信じてくれる?」
「…………」
質問で返せばフィリアが黙った。ふと、おかしくなってヴェントゥスは笑い出す。こんなやりとりは今までどの人間とも繰り返してきた。
「必要があれば許すのか? 人間である君たちが、人間を喰らう俺たちを」
「それは……」
「君のマスターは『ヴァンパイアは全てこの世から消す』って言ってるだろ」
「……」
「一緒にいる君も、そう思っているんじゃないの?」
「……!」
フィリアがハッと顔を上げた。その瞳は微かに潤んで揺れ動き、唇はきつく噛み締められている。――傷つけた? ヴェントゥスは心の中で首を傾げる。ただ当たり前のことを言っただけだ。ヴァンパイアハンターたちはヴァンパイアを滅することを目的とし、そのためにいるのだから。
「……今日はここまでにしよっか」
なんとなくこれ以上話す気にはなれずヴェントゥスは羽根を広げた。ちょうど良く風が吹いてくる。
「また明日な」
そう告げるとフィリアが嫌そうな顔をしたが、返事を聞く前にヴェントゥスはバルコニーから飛翔した。
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