外は少し肌寒く、明かりはそれほど多くないため星空がハッキリ見える。
 フィリアは当たりをつけて、先ほどの子どもの消えた先へ急ぐ。あれが飛び降りる瞬間、白い布の隙間から跳ねた金髪が見えた。忘れられるわけがない────ロクサスの前髪に似ていた。

「まさか、ロクサスなの?」

 もう来てくれないと思っていた。けれど、来てほしいと願っていた。
 フィリアの足音がぱたぱたと静かな街並みに反響してゆく。必死に周囲を探ると、あの白布が建物の影に消えるのを見つけた。走る。見つける。追いかける。夢中で繰り返してゆくうち、気がつけばフィリアは噴水のある公園に立っていた。

「どこ……」

 噴水の音しか聞こえない、薄暗い照明の公園。綺麗に整備されているが人の気配はない。フィリアはしばらく周囲を見回したが、白い布は見当たらず、ついに完全に見失ってしまったようだ。
 フィリアは走り続けたために上がった息を整えながら俯いた。きっと見間違いだったのだ。言いつけを破って部屋を飛び出してしまった。早く部屋に戻らなければ。
 踵を返したその時、フィリアのものではない足音が聞こえた。振り向けば、先ほど確かに誰もいなかったその場所に誰かがいる。すぐに相手が少年なのは分かったが、光や影の具合で顔がよく見えない。

「だれ?」
「コンバンハ、お嬢さん」

 くす、と笑う口元に──デミックスの時と同じ──牙が見えた。反射的にフィリアは腰に下げていたリボルバーを構える。

「ヴァンパイア……!」
「俺はヴェントゥス。はじめまして、フィリア」
「どうして私の名を知っているの?」

 フィリアは目を細めるが、まだ少年の顔が口元しか見えない。ジリジリと後退し、相手の出方を窺う。彼はくすくす笑いながら言った。

「一応、マスターから獲物に対する礼儀だって教えられているから。もっとも――」

 彼が言葉を止めた瞬間、フィリアの視界が一転した。ガツンと後頭部に痛みが走り、星空とヴァンパイアの少年を見上げていた。彼の動きを目で追うこともできなかった。あげく動きを封じられ、想像以上の力の差にフィリアは愕然とするが、もっとショックを受けたのはそのヴァンパイアの顔だ。ロクサスに瓜二つの、しかしロクサスじゃない少年だった。

「食べ終わったときには忘れるけどね」

 フィリアはしばらく彼の言葉が耳に入ってこなかった。ロクサスなら初対面のフリなどしない。ロクサスとこの少年は同じ顔なのに、つくる笑顔が違う。ヴェントゥスと名乗った。ロクサスに兄弟がいるなんて聞いたことがない。兄弟、それとも他人のそら似? とにかく同じ顔の、しかし別のヴァンパイア。
 フィリアが混乱してくる間にも、ヴェントゥスは妖艶な笑顔のまま、まるでキスするかのように気安く顔を寄せてきた。思わずフィリアが顔を逸らすと、髪が動き露わになった首筋をつ、と舐め上げてくる。ヒッとフィリアの喉がひきつった。

「私を喰らうつもり……?」
「ああ。一滴も残さず食べてあげる」

 特に女はヴァンパイアに嬲られて殺されると言っていたリクの怒り顔が思い出される。
 ヴェントゥスが服を脱がせてくる間、フィリアは考えた。
 先ほど、ヴェントゥスの動きさえも見えなかった。逃げられる確率は?
 別れる時のあの言葉から、やはりロクサスはきっともう迎えに来てくれない。
 身の危険だというのに、キーブレードを呼び出せる感覚がない。銃は押し倒された時に取り上げられた。
 どう考えてもダメだ。詰んでいる。逃げられない。まんまとここまでおびき寄せられてしまったのだと、フィリアはやっと理解する。

「ねぇ、もっと抵抗しないの?」

 鎖骨まで服を脱がされたところでヴェントゥスが遠慮がちに訊いてきたので、フィリアはちょっとおかしくなった。

「そうしたら、放してくれる?」 
「いや、それはしないけど……」

 ヴェントゥスは不満そうに唇を尖らせた。ロクサスはしない表情。

「見習いでも、君はヴァンパイアハンターだろ。このまま食べられちゃってもいいの?」
「武器はあれしか持ってないし、力じゃあなたたちに敵わない。だから、私はここでおしまい」

 ヴェントゥスはキョトンとフィリアの話を聞いて、そして「そんなぁ」と落胆した。フィリアから見れば抵抗しない方が喜ばれると思っていたので意外な反応だった。
 しばらくジト目で見つめてきたヴェントゥスはわざとらしいため息を吐き、乱したフィリアの服を直してくる。

「喰らうんじゃなかったの?」
「今日はやめておくよ。もったいないから」

 そしてヴェントゥスは己の服の着衣も直し、上体を起こしたフィリアを見て爽やかに笑んだ。

「続きは、君がどうしても生きたいって思ったときにしよう」
「……次なんてあると思う?」
「あるよ。君は俺の獲物だから」

 ヴェントゥスが銃をポイと投げてくる。とっさにフィリアがそれを拾うと、羽根を広げたヴェントゥスは夜空に飛んで行ってしまった。

「ヴェントゥス……ロクサスじゃない、ヴァンパイア……」

 ヴェントゥスが消えた方向を見上げて、フィリアは小さく呟いた。




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