【2日目】
今日もテラの作り出したゲートをくぐると、今度は真っ白に輝く城の前だった。
両端に兵士がずらっと並んでいる赤いじゅうたんを堂々と歩いて、髭のおじさんが私たちを出迎えた。王様じゃなくて大公って肩書の人なんだって。よくわからないけれど、この国の中でもかなり偉い人みたい。
彼はテラと最近会ったばかりらしい挨拶を言って、頼みがあると切り出してきた。簡単にまとめると
・この国の王子がお嫁さんを探すため舞踏会を開いた。
・国じゅうの娘たちの中から、ひとりの女性が選ばれたが、名も明かさず逃げ去ってしまった。
・残された唯一の手がかりは、彼女の落としたガラスの靴のみ。
・大公は王命でこの靴の持ち主の娘を探し出さなくてはならない。
「しかし、探しはじめたところ、道中に魔物が出るようになったのです」
年頃の娘のいる館を尋ねるたびに闇の魔物に襲われそうになり、いままで何とか無事であったが、ヴァンパイアハンターに助けを求めたのだ。
テラはすぐに頷いた。
「ヴァンパイアは強力な力を持つが、それでも人間の社会の中に潜んで生きている。地位の高い人間を利用しようとするのは自然のことだ」
「その……選ばれた女性が、実はヴァンパイアだってことは?」
「それはないだろう。このガラスの靴には神聖な魔法の加護が宿っている。ヴァンパイアには身に付けることができない」
ガラスの靴がキラキラ輝いているのは、光に反射してるだけじゃなくて、神聖魔法の輝きなのだそうだ。
なにはともあれ、大公の用意した馬車に乗って移動することになった。
(リクに教えてもらったとおりに撫でてみたら、この馬も喜んでくれた)
大公は馬車の中で王様の命令の理不尽さの愚痴と、やっと王子が身を固めることについての喜び、あと探し人の女性のことについて話していたが、ふと気になることを言った。
「アクア殿といい、フィリア殿といい。テラ殿といる女性はいつもお美しい方ばかりですな」
「え? はぁ……仲間ですから」
アクアっていう人が、連絡をくれる仲間のことだろうか。
テラに仲間って言ってもらえたことが嬉しい反面、自分にその資格がまだないことに心臓をえぐられたような気持ちになった。はやく、キーブレードを再び呼び出せるようにならなくちゃ。
そして、到着した屋敷。トレメイン夫人と二人の娘が住んでいるらしい。
あらかじめこちらの訪問を知っていた家主たちは、大層着飾って出迎えてくれた。もしかすると王子様と結婚できるかもしれないから──私にすら気合の入り様が伝わってきた。
まずは姉、そして妹と彼女たちにガラスの靴が差し出されたが、履く前からサイズが違うことがわかっていたのに、彼女らはそれでも履こうとした。足を曲げ、靴を広げようとし、しまいには足の余分を斬り落とそうとしたところで、大公が止めた。
「もう娘がいなければ、失礼する」
大公が指紋だらけになったガラスの靴を磨きながら言い放った時、テラの様子がおかしかった。きょどきょどと周囲を見回し、焦り始める。
「ちょっと待った」
みんながテラを見たけれど、冷や汗顔のテラはいつもの堂々とした様子がなくて、戸惑っているみたい。
「そうだ──フィリアも、試してみたらどうだ」
「えっ」
私がその人でないことを誰よりも理解しているのに、思いつきのように勧めてくるテラ。大公も「何言っているんだ」という顔でテラと私を見た。
「いいえ、もう用がお済みならお帰りください」
トレメイン夫人が厳しい口調で言ってくる。テラは私に何か訴えたい瞳で見つめている。
どうしたらいいのか困って、でも私はテラの仲間。テラに合わせるべきって考えた。
「私にも、どうか試させてください」
娘たちから「なんで私たちの家でやるのよ」とか「無理に決まってるわ」とか野次を聞きながらも、とりあえずガラスの靴に足を入れた──ピッタリってほどでもないけど、履けてしまった。
場が気味悪いほど静まってから、大公が
「なんと……王子のお相手はフィリア殿だったのか!?」
「違うって、知ってますよね!?」
ロクサスのじゃなくて、王子の花嫁になることになるとかありえない。
慌てて靴を脱ぐと、屋敷の奥からエプロンをした、素朴な恰好したきれいな女性が「待ってください」と駆けてきて「私にも試させてください」と頼んできた。トレメイン夫人たちがものすごい顔をして拒否させようと口を挟んできたけれど、大公は毅然とそれを跳ねのけて彼女にもガラスの靴を履かせてみようとした──ところで、いよいよトレメイン夫人たちの様子が変わった。
「この恥知らず。父親が死んだあとも、ここに住まわせてやった恩も忘れて、よくも……」
呪いの言葉を吐きながら、彼女たちから闇が溢れだした。とっさにテラがキーブレードを構えて闇に向かってゆく。闇から魔物がたくさん現れて襲いかかってきたけれど、テラがほとんど倒してくれたし、私だって大公とエプロンの女性を守って奮闘した。
誰かを守るために戦っている最中。一瞬だけ、キーブレードが出せそうな感覚がした。
そうしてトレメイン夫人たちから闇を払ったとき、気がつけばガラスの靴が砕けてしまっていた。大公が泣き崩れるなか、エプロンの女性は「安心なさって」と優しく声をかけて「ここに、もうひとつありますわ」ともう片方の靴を取りだした。
お嫁さん探しが無事決着したところで、帰り道テラと話した。
トレメイン夫人宅のネズミたち(エプロン女性の友だち)に「本物の花嫁を連れてくるから時間を稼いで」と頼まれて、私に靴を履いてみろと言ったんだって。
トレメイン夫人たちはヴァンパイアじゃなかったけれど、ヴァンパイアに噛まれたことのある人たちであることがわかった。ヴァンパイアに植え付けられた闇を、おそらく本人の心の闇で力で増幅させていたため、魔物すら操ることができていたんだって。
後処理は別の人がするから、私たちはマスターエラクゥスの元へ戻ることになった。
マスターエラクゥスの元へ戻ると、いつもより怖い顔をして待っていた。
アクアから連絡があって、ずっと探し求めていたヴァンパイアが見つかったと。
【走り書き】
夢を見た。椅子に腰かけたナミネが、こちらに背を向けて絵を描いている。
描き上げる絵がひらひら床に落とされるので私にも見ることができた。
少し幼い絵柄で描かれた、箱庭での私たちの思い出の風景。
一緒にシタールを聞いた夜。お絵描きで互いを描きっこしたくもりの日。お誕生日にケーキを食べた。散歩した夕暮れの雑木林──迎えがきちゃって、先に帰ってしまったんだよね。
あれ。これはナミネだった?
違う、でも、ナミネの絵にあるし。
R2.5.30
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