ヴェントゥスが棲家としている豪邸に帰ってくると、腕を治療しているヴァニタスがいた。

「おい、その傷どうしたんだよ?」
「……掠っただけだ」
「もしかして、ヴァンパイアハンターにやられたのか?」
「うるさい。あいつらの話はするな」

 ヴェントゥスの質問に、ヴァニタスは怒りに満ちた瞳で睨んでくる。どうやら獲物に追い返されて来たようだ。プライドの高い彼には耐え難いことだろう。普通の傷なら手当はいらない――凶器は銀か。仏頂面で不器用に包帯を巻く弟を見て、素直に頼ったらいいのにとヴェントゥスは心の中で苦笑する。

「片手だとやりにくいだろ。ほら、貸して」
「……」

 しぶしぶと手渡された包帯を受け取ってその腕に巻き始めると、次第にヴァニタスは落ち着きを取り戻していった。刺々しい雰囲気が収まってきた頃合いを見計らって、ヴェントゥスは再びヴァニタスに話しかける。

「ヴァニタスが食い損ねるなんて、今回の奴らはなかなかやるな」
「少し油断しただけだ。それよりおまえの方はどうした。血の臭いがしない」
「俺は……まぁ、挨拶だけしてきたよ」
「は……?」

 ヴァニタスが呆れたような声をあげる。ヴェントゥスは曖昧に笑い返した。

「今日はやめといたってこと」
「何だよそれ。喰わないのなら俺がもらうぞ」

 ヴェントゥスは包帯の結び目をきつく締めた。

「いっ……!」
「お互い相手の獲物には手を出さない約束だろ。あの子は俺のだからな。食べちゃだめだぞ」

 まるで幼い子どもに言い聞かせるように忠告すると、苦い表情と小さな舌打ちが返ってくる。

「二人とも、戻ってきたか」

 低い男の声。二人が部屋の入り口の方を見ると、漆黒のマントに身を包んだゼアノートが立っていた。

「マスター!」
「今日はどちらも食してこなかったようだな」

 ゼアノートは威厳と貫禄に満ちた仕草で部屋を歩き、豪華な椅子にゆったりと腰掛けた。

「ヴァニタス、傷の具合はどうだ?」
「これくらいなんともない……すぐに治る」
「おまえに傷を負わせるとはエラクゥスの弟子も侮れんな。ヴェントゥスは何をしてきた?」
「ちょっと獲物に会ってきただけ。今度食べるよ」
「今更おまえたちの狩りに私が口出しすることはないが……くれぐれも気を抜くな。おまえたちを失いたくない」
「『計画が完結するまでは』――だろ。わかってる」

 ぶっきらぼうに答え、ヴァニタスは床に落ちていた上着を拾い出て行った。それをヴェントゥスが見送っているとゼアノートが話しかけてきた。

「ヴェントゥス。おまえは負傷しなかったか?」
「俺はだいじょうぶだよ。相手はまだ見習いだし」
「情だけはかけるなよ。おまえの悪いクセだ」
「マスター。それ、昔のことだろ」

 ヴェントゥスが拗ねたように反論すると、ゼアノートが太く笑った。




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