壁も床も天井も真っ白の部屋の中、真っ白な机の上に真っ白のスケッチブックが置かれている。数少ないクレヨンだけが色を持っている世界に少女はいた。巨大な城の一室――周囲からは鳥のさえずりさえ聞こえない。

「ナミネ」

 低く優雅な声に呼ばれて、ナミネの体が大げさにびくついた。コツ、コツ、ゆっくり靴音が響き必要以上に近くで止まる。黒い皮手袋に包まれた長い指が華奢な肩を馴れ馴れしく掴んだ。

「何をすべきか、分かっているな?」
「…………はい」

 説明などされずとも、生まれつきもった特殊な能力のおかげでだいたい彼らのことは理解できてしまう。ナミネはのろのろとクレヨンへ手を伸ばし、スケッチブックに先端を押し付けた。けれど、そこで彼女の手の動きは止まってしまう。その様子に男は微笑みを崩さぬまま、また囁いた。

「何を迷っている。元に戻すだけではないか」
「けど……本当にうまくいくかは、私にもわかりません」

 ナミネが唇をかみしめるのを見やり、男の目が若干細められる。顔に張り付けられた笑みに反し、どこまでも冷たい瞳がナミネを更に萎縮させる。

「ロクサスを救うためだ。ナミネ」

 甘ったるいハチミツのような声で、あくまで優しく穏やかに男は諭す。

「それは、おまえにしかできないことだ」

 ナミネはぐっと表情を歪ませてうつむいた。クレヨンを握る手は怒りのためか、はたまた恐怖からか、ブルブル震え、それでも画を描きはじめる。

「それでいい……」

 描きあげられた一枚がひらひらと床に落とされる。その絵の端を踏みつけながら男は部屋を立ち去った。



2018.2.15




原作沿い目次 / トップページ

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -