「フィリアをヴァンパイアにするには、俺と血の契約をしなくちゃならないんだ」
「契約?」
「血の交換だよ。フィリアが俺の血を受け入れて、俺がフィリアから血をもらえば終わり」

 簡単だろと笑いながら、応接室の引き出しから小さなナイフを見つけたロクサスは、左の手袋を外しそれを躊躇いも無く押し当てた。ふつりと軽い音をたてて、ロクサスの指から血が滴り始める。

「はい、舐めて」

 にっこり差し出され、フィリアは戸惑いながらその手に触れた。人間と全く同じ匂いを放つ赤い血だった。これからはこれを啜って生きることになるのか――。フィリアは目を閉じて、おっかなびっくり、そろそろと舌を出し雫を舐め取ろうとした。

「伏せて!」

 寸前――応接室に雷が飛び散って、フィリアはロクサスに従い床に伏せる。バリバリと何かを砕く音が続いた。

「な、なに?」
「間に合ったか」
「リク――!?」

 応接室の窓から侵入したらしい。机の上で窓ガラスの残骸を踏みにじったリクがフィリアとロクサスを見下ろしていた。服の端が少々燃え焦げていたので、外の炎を無理やり飛び越えてきたようだ。
 ロクサスはリクを見るなり鍵の剣を呼び出した。

「おまえ、また邪魔をするつもりか!」
「悪いな。ヴァンパイアが増えるのを、みすみす見逃すわけにはいかない」
「フィリアは俺を選んだんだ」
「おまえを選んだ――? まさか」

 リクは不敵に笑った。

「彼女はチャームで惑わせられただけだ」
「チャーム……?」
「ヴァンパイアの特殊能力のひとつさ。血を吸うより完璧じゃないが、瞳に相手を魅了する力を持っている。少しでも好意を持った相手なら虜にするのは簡単だ」

 威嚇するロクサスなど気にも留めていないようなそぶりで、剣を呼び出し語りながらリクはフィリアたちの方へ近づいてくる。

「俺はそんな卑怯なことなんてしていない!」
「そうか――おまえは、まだヴァンパイアになって日が浅いんだな」

 リクが一転して、哀れみを混ぜた視線をロクサスに向けた。

「おまえにそのつもりがなくても、ヒトはヴァンパイアに魅了される」

 リクと目が合い、フィリアはビクリと肩を揺らした。あまり目を合わせて会話したことがなかったが、彼の瞳も不思議な迷彩が宿っているように感じられた。

「急に恐怖を忘れたり、そいつ以外のことなんてどうでもいいと思ったりしたのなら、それがチャームにかかった証拠だ」
「そんな……」

 心当たりがあり、フィリアは思わず己を抱きしめた。先ほどまで自分の意思からの行動だと信じていたことに対し、急速に自信をなくしてゆく。

「フィリア?」
「違う――私は、私は自分の意思でロクサスが好きなの……」

 フィリアは怯えながらもロクサスを見る。早く攫って欲しいと視線で急かした。

「うん、俺もフィリアが大好きだ」

 ニコリと笑んで、ロクサスが二刀を構える。リクも戦闘の体勢をとった。

「フィリア。自分の心をもう一度まっすぐ見つめてみるんだ」

 フィリアは顔を歪め、ぐっと体を固くする。これ以上迷うこと、つらいことなど考えたくなくて、目を閉じ、耳を塞ぎ、もうロクサスの望むがままに流されてしまいたかった。




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