確実に分かる出口は一箇所だ。来た道を辿りながら、フィリアは礼拝堂へ向かっていた。資金がたっぷりかかっているであろう廊下には油画がたくさん飾られ、蝋燭や十字架が至る場所につるされている。
息をきらしながら、礼拝堂へ続く、広めの応接室の中へ入る。テーブルと、高い背もたれの椅子がずらりと並ぶ威圧感のある部屋だ。
「確か、礼拝堂は右奥の――」
フィリアがそちらを見たとき、誰かが右奥の扉を派手に開けて飛び込んできた。初老の神父だった。視線は入ってきた出口の向こうに釘付けで、机に縋りながら気の毒なほどに震えている。
「ヒッ、ヒィィィ……! どうしておまえがッ――結界があるはずなのに!」
コツ、コツ、石畳を歩く音が、やけに静かにフィリアの耳に届いた。
「俺に聖なるものは効かない。そういう体質なんだ」
「ばかなっ、そんなヴァンパイアがいるなんて、聞いた事がない!」
コツン、と足音が止まる。ハッとした神父が扉を閉じようとして、外からの攻撃により扉が木っ端微塵に砕かれ気絶していた。
ゆっくり応接室に侵入してくる黒いコートを着た男。
「ロク、サス――」
やや呆然とフィリアが呼ぶと、彼はフードを外し、確かめるようにフィリアを見た。
「フィリアッ!!」
神父に向けていた身も凍るような冷たさが一瞬で消え、至極優しげに微笑んだロクサスが、フィリアには箱庭で別れたときより美しく見えた。駆け寄る彼にただただ見惚れるばかりで、彼に求められていることに夢心地ですらあった。
手を掴むなり引き寄せられて、フィリアはロクサスに抱きしめられる。ロクサスからああ、と感激する声が聞こえた。
「無事でよかった。やっと会えた……!」
「あ……ロクサスこそ……辛そうだったけれど、もう体はだいじょうぶなの?」
フィリアが恐る恐る訊ねると、ロクサスはパッと腕を伸ばし、フィリアの顔を覗きこんでくる。その顔色は白かったものの、潤んだ瞳は青色で宝石のように輝いていた。なんて美しいのか。フィリアはこみ上げてくる感情を素直に理解し、自分の心音が高鳴るのを感じていた。
「俺がヴァンパイアだってこと、ずっと隠していてごめん。でも俺、もうフィリアじゃなくちゃだめだんだ。もう、離れたくない」
情熱的に囁かれた甘い言葉に、フィリアは眩暈がしそうだった。
「フィリア――俺と来て」
ロクサスがフィリアの頬を指の背で撫でる。正体が分かったとしても、今まで培った常識では受け入れがたいことだとしても、今、フィリアには彼への嫌悪などこれっぽっちもなかった。
「私も、ヴァンパイアになるの?」
「……うん」
「ヴァンパイアになったら、ずっと一緒にいられるの……」
「永遠に」
次の言葉を言ってしまったら最後。呪われた生への恐怖が、人間であることの未練がフィリアの発言をしばし引き止めた。けれど、ロクサスの瞳を見続けていると、次第にどうでもよくなってしまう。
フィリアは覚悟を決め、晴れやかに笑った。
「ロクサス。私も連れて行って。ロクサスと一緒なら、私、何も怖くない」
「フィリア……!!」
感極まったロクサスがフィリアを強く抱きしめてきた。フィリアも彼の背に手を回す。幸福の絶頂であるその時はとても短いものだったが、二人の心が強く結びついたと確信できる瞬間だった。
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