なにをしても、鉄の鍵はビクともしない。フィリアは赤くなった指先を見つめながら顔をゆがめる。時計がないので正確な時刻は不明だが、もう何十分も過ぎてしまったように感じられた。
「このままじゃ、ロクサスが――」
リクたちと戦って、もしかしたら――消されてしまう。
このまま全てが終わるまで部屋の中でじっとしていれば、きっと自分だけは安全なのだろう。ロクサスに会っても何を話してよいのかわからないし、ひょっとしたら殺されてしまうのかもしれない。関係のない一般人なのに、守ってくれようとするソラたちに感謝している。なのに、それでもロクサスに会いたいと、会わなければならないという思いに突き動かされた。
「どこか、他に出口は」
鉄の扉は諦め、窓の鉄格子を取り外そうと試みた。曇りガラスの向こう側は赤く照らされており、火事や人のざわめきが伝わってくる。
「つっ、だめ……」
数分の格闘の結果、爪がはがれそうになり、素手で動かせられるものではないと思い知らされた。
「なにか、道具になりそうなものは?」
木で作られた机と椅子、ベッド、シーツ、天蓋、小さなチェストの上にはロウソクの燭台。最低限の家具から、フィリアは燭台を選択する。ロウソクを外せば尖った先が現れるので、それで鍵穴を動かせないかと考えた。
「――うッ!」
ガギッと耳に痛い音を立てて、燭台が弾かれた。懲りず、幾度も挑戦するも鍵穴はびくともせず、扉は絶対に開かない。
「だめ、硬い」
どうしたら。どうしたら。焦りばかりがフィリアの頭の中で堂々巡りし、解決策など閃かない。
リクが鍵を閉めたとき、一瞬だが扉が輝いた。もしかしたら、何か特別なことをしたのだろうか? ふと、フィリアはリクの剣を思い出す。鍵のような形をしたおかしな武器を――。
「あの剣で閉めたのかな?」
憎き扉を睨みつけ燭台を強く握り締める。ロクサスに会わなければ。このまま時が過ぎてしまったら、一生をかけて後悔する。
誰でもいいし、何でもいい。ここから解放される力が欲しい。
フィリアは強く、強く願った。いままで、これほど心から願ったことがないというくらい必死に祈った。
「ロクサスに会いたい!」
願いに答えるように手元が白く輝いた。澄んだ音が短く響く。
「鍵――?」
燭台を握っていたはずなのに、大きな鍵を、否、鍵のような形の剣を掴んでいた。刀身は軽く柄は手に馴染み、全身から不思議な力を発しているのを感じる。
あの燭台が剣になったのだろうか? 剣は無言のまま薄らと白く輝いている。
「ソラたちの剣に、似てる」
引き寄せられるかのように、ぐぐっと剣先が鍵穴に反応する。もしかして、本当に鍵の役割を務めるのだろうか?
「開いて!」
フィリアが剣をしっかり構えると、剣先に光が集って鍵穴へ繋がり――開錠を教える音を鳴らした。
街は恐怖と悲鳴に満ちていた。壁を蹴り、屋根に着地しながらリクは周囲に目を凝らす。
小さい子どもと女の悲鳴を聞きつけそちらへ向かう。今にも噛みつかんと口を開いていたダスクをひと振りで消滅させながら、教会か浅い川の中へ行け、と指示をした。
思っていたよりは被害が少ない。ここの住民は対策を心得ているし、火事は民家から離れた場所で起きている。この街すべての住民を巻き込んだくせに、極力、傷つけないよう配慮されているように感じられた。
本来ならロクサスたちを迎え撃つため、フィリアから離れないのが得策である。けれど、この街にリクたちの存在は知れ渡っていて、ヴァンパイアが現れたと言われれば戦わないわけにはいかない。普段、厚遇されている理由はよく知っている。後援者たちをないがしろにすれば、ヴァンパイアハンターたちの行動はたちまち制限されてしまうだろう。
ノーバディたちの気配を探るため、リクは目を閉じた。そして、突如弾かれたように教会の方を振り向き、次の瞬間にはそちらへ跳ぶ。
「まさか、そんなことが――こんなときに!」
信じられないといった面持ちで呟かれた言葉は、街の混乱の渦へ溶けてゆく。
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