教会側の、ひときわ高い塔の上にシグバールはいた。風はないものの、火事による煙や熱気で心地は悪い、それでも全てを見渡すには一等の席だった。
 アクセルが闇の回廊を駆使し、ノーバディたちに指示をしている。ロクサスの姿は影と影の間を縫うようにすべり、街の中心へ向かっていた。
 やっかいなヴァンパイハンターたちは、このばかみたいに広い街をたった三人で守っていた。この街の者が無知だったならとっくに壊滅していただろう。いま、ノーバディたちは大した成果も上げられぬまま、順調にその数を減らされていた。

「ダスクたった一匹だって、材料は俺らとおんなじだ。確かに、割にあわねぇハナシだな」

 たったひとりの女のために、いったいどれだけの人間とノーバディが傷つき消えてゆくのか。けれども仲間を助けようとはせず、足を組みながらシグバールはニヤニヤと見物を続ける。 










「子どもとけが人は優先的に教会の中へ!」

 人が密集しひしめきあう教会広場。神父とシスターたちの誘導によって、選ばれた住民たちが次々教会の中へ避難している。

「教会の周囲にも結界が張られています。この広場の中は安全です。押さないで――!」
「子どもは優先的に通してあげてください! けが人も、礼拝堂で治療を行っております!」

 大人たちが協力しあいながらけが人を助け、子どもたちを教会の入り口まで案内してゆく。
 そんな中、ひとりの男が立ちすくす小さな黒に気がついた。

「キミ! ぼうっとしているんじゃない」

 黒いコートをきっちり身につけている子どもだった。男がその腕を掴んだとき、少年は初めて男に気づいた様子でビクリと震え、怯えたように見上げてきた。
 彼の瞳を見て、男は思わず息を呑んだ。彼は男が見とれてしまうほどに美しい少年だった。

「なにか俺に用ですか?」

 少年の声は、見た目から想像されるものより低くかった。男は我に返り、少年に言う。

「いくら結界があるとしても、子どもは念のため教会の中に入りなさい――とは言っても、この混みようじゃあ思うように進めないか。どれ、私についておいで。案内しよう」
「……ありがとうございます」

 青眼の少年は、男に礼を告げて微笑んだ。










 さすがに、心構えが違う。高い屋根から街を見下ろしていたアクセルは硬い表情で目を細めた。
 配下のノーバディたちは、ナンバーを背負う者たちよりもずっと少量の血で動くことができ、数も多い。知能は低いが命令には忠実で、捨てられた花嫁もいずれこれになる。死に際に防衛本能が働くなどの危険もない。
 下級で下等のヴァンパイアといわれるノーバディたちでも、何も知らない人間たちが相手ならば、これほどの規模の街でも数時間で壊滅させることができるはずだった。しかし、ここでは十字架を向けられひるんだり、川の中へ逃げられて手も足も出ないなど、手玉にとられている姿ばかりだ。

「ま。結果としてあいつらをバラけさせたんだから、上出来だな」

 両手にひとつづつ持ったチャクラムをくるりとさせて、アクセルは口端を釣り上げる。火を撒き散らす作業も、次で終いだ。

「んじゃ、そろそろ仕上げっとすっか」

 教会の広場。ノーバディたちには街の外側から内側へ移動するよう指示しておいたので、アクセルの目論見どおり、街の住民たちは街の中心であるここへ集められていた。教会の人間が住人たちを誘導したり、病人やケガ人を手当てしてなだめようとしているものの、この規模の不安や恐怖はとても抑えつけられるものではない。誰もが自分の保身に夢中の混乱のなか、知らない住人がひとりやふたり混じっているところで気づく者などいやしなかった。
 目的を見届けたあと、アクセルは広場の空にチャクラムを躍らせた。炎は教会をぐるりと囲み、広場から孤立させる。ひときわ大きくあがる悲鳴に片耳を塞ぎながら「うるせぇな」と舌打ちをした。

「うまくやれよ」

 結界による影響で眩暈に耐え切れなくなる前に、一点を見つめ、アクセルは祈るように呟いた。




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