もちろん、俺はアクセルを追った。ヤツが早足で向かったのは、やはり――サイクスの部屋だった。
 乱暴にノックをし、反応があると慣れた手つきで入ってゆく。俺は閉じられた扉の隙間に片耳を押し当てた。

「突然、何の用だ」

 迷惑そうなサイクスの声。よしよし。少し辛いが、ちゃんと聞こえる。

「今夜、ロクサスと任務に向かいたい。手配してくれ」
「ロクサスは、未だ昏睡状態だと聞いているが?」
「ゼクシオンが看てる。もうじき起きるはずだ」
「……悪いが、今おまえたちに回す任務はない」
「どうせ始めるつもりなんだろ? だったら、俺たちでも問題はねぇはずだ」

 アクセルのセリフで、時が止まったかのように部屋の中が静かになった。始める――いったい何のことだ?
 耳を更に押し当てるも、一向に続く声は聞こえてこない。未だ中にいる者たちが睨み合っているためか、はたまたこちらに聞こえないほどに声を絞って話しているためか――。
 じれったい沈黙が破られるのを今か今かと待っていたが、遠くから足音が近づいてきていたのに気づき、俺はまた闇の回廊を使って身を隠した。やって来たのはまたデミックス。ゼクシオンの部屋の前で「アクセルに立ち関節技された、体が痛む、シップをくれ」という旨を半べそで訴え始めた。こいつめ、いいトコロで現れやがって。ゼクシオンはロクサスの部屋にいるぞ。頼むからさっさといなくなれ。つーか、おまえもヴァンパイアなら、とっくに治ってるはずだろう!
……とまぁこんな感じで、ようやく諦めたデミックスがどこかへ行き、俺が再び扉の前に戻れたときには、中の会話は随分先に進んでいた。

「――認められない。あの町は、ヴァンパイアに対する意識も備えも高すぎる」
「だからこそ価値があるだろ。それに、急がねぇと本当に手の届かない場所へ連れてかれちまう」
「フン。たかが花嫁ひとりのために、おまえたちを消滅させるわけにはいかん」
「簡単には消されねーよ。それに、夜に奇襲するならこっちが有利だ」

 ここでまた、長い沈黙があった。サイクスがいつものように、口元に手を当て考えているのだろうか。

「…………いいだろう。だが、おまえの任務だけひとつ内容を付け加える」
「あ?」
「フィリアを攫えない状況だと判断したとき、またはロクサスが再び暴走しそうになったときは、フィリアを殺し、ロクサスを連れて速やかに帰還しろ」
「は? 殺すって、おまえ」
「不服か? ならばこの話は無しだ」
「待てよ! どうしてそうなる!」
「花嫁ひとりのために割くには、釣り合わない損害だと言ったはずだ」
「だからって、何も殺すことは……」
「ただ生かすだけならば、もはやロクサスにとって害にしかならん。……おまえもそう言っただろう?」

 アクセルがどんな表情をしているのか、想像に難くない。親友の頼みだろうに、相変わらずブレねぇ男だ。
 憤慨しながらも承諾したアクセルがこちらへ向かってくる。急いで闇の回廊から自室へ戻った俺は、声を殺してくつくつ笑った。その高揚は、新しいオモチャを見つけたときのソレと同じ。

「やるのは今夜か。急がねぇとな」

 俺はまだ持ったままだったコーヒーの残りを一気に飲み干した。冷えたコーヒーはまずいし、胸に冷たい液が広がる感覚は嫌いだが、今は全く気にならない。
 祭りの場所は、アクセルの配下であるアサシンを捕まえればすぐにわかる。どんな結末になるか、せいぜい高みの見物とさせてもらおう。

「初めての花嫁のためだもんなぁ。がんばれよ? 子猫ちゃん」

 俺は空のコーヒーカップを机に置くと、再び闇の回廊を開いた。





H24.2.4




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