移動・1日目

「リク。また日記、書いてるのか?」
「日記じゃなくて、記録だ」

 掌サイズの手帳を閉じながら言い返すが、ソラは「ふぅん」と生返事した。……わかってないな。

「そんなことより、早くフィリアの買い物いこうぜ!」
「わかった、わかった」

 急かすソラの視線の先には、先日保護した花嫁候補――フィリアがいた。朝食を食べ終えたのに未だ寝巻き姿でいる理由は、彼女の着替えが全て燃えてしまったからだ。
 フィリアは困惑した表情で、控えめに俺に訊ねてきた。

「本当に、いいの?」
「予算は多すぎるほど貰っているし、原因は俺達にある。その上これから旅に連れ出すんだ、遠慮するな」

 と、いうわけで、これから彼女の必需品を買いに行かなければならないのだが……こんな田舎で、どこまで揃えることができるだろうか。
 ソラが瞳を輝かせて、俺に持っていた紙切れを見せてくる。

「ホテルのおっちゃんが教えてくれた。服屋はあっちで、雑貨屋はその向かいにあるって。あと、食糧は……」
「ソラ。今回の買出しはおまえに任せる」
「えっ、リクは一緒に来ないのか?」
「時間は有効に使わないとな。俺は馬を借りてくるから、用意ができたら村の東口で集合だ」
「わかった。それじゃ、後でな!」

 ソラがフィリアを連れ、店が並ぶ方面へ歩いて行く。俺は中身の割に嘘みたいに軽いカバンを持ち上げながら、馬小屋のある方向へ歩き出した。





 二人で行かすべきではなかったのだと後悔したのは、それから1時間も経たなかった。
 馬の手配を済ませた後、女物の衣類や雑貨を一杯に抱えたソラが“ひとりで”やってきたのだ。

「こんな小さな村で、どうやったらはぐれるんだ」
「はぐれたっていうか、ちょっと目を離した隙にフィリアがいなくなってたんだ」
「……それをはぐれたって言うんだ」

 戦闘では頼もしいソラも、普段は隙が――いや、隙だらけ。素人のフィリアでも易々と目をかいくぐることは容易だろう。だが、もう、彼女の帰る場所は……。

「仕方ないな。迎えに行くか」
「やっぱり、あそこかな」
「そこしかないだろうな」

 彼女が昨日まで住んでいた孤児院――確か、施設の名は箱庭。





 焦げ臭さが残るそこに、フィリアはただ立っていた。服は別れたときの寝巻きではなく、薄茶のコートに皮のスカート。これから馬に乗るのだから、ズボンのようなものが最善だとソラに言っておいたはずなのだが……まぁ、今は置いておこう。

「フィリア!」

 ソラが呼ぶと、フィリアはビクリと肩を跳ね上がらせてこちらを向いた。心なしか目が赤い。もしかしたら、泣いていたのかもしれない。

「ソラ。リクも」
「いきなりいなくなったから、驚いたよ」
「ごめんね。旅に出る前に、どうしても見ておきたくて……」

 そう俯くフィリアを、責めることなどできるだろうか。救うためとはいえ、フィリアから今までの全てを奪ってしまったのは、紛れもなく俺達だ。

「気が済むまで見るといい。俺たちはあっちで待ってる」
「ううん。もう、充分見たから」

 フィリアがゆるく首を振った。――それを見て、俺は息が詰まりそうになる。




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