一段の高ささえ結構ある階段は、フィリアの少ない体力を容赦なく奪ってゆく。ソラがゆっくり登ってくれるのが唯一の救いで、フィリアは額に浮かんだ汗を拭った。

「そういえば、リクとテラはどうしてるの?」
「ん〜……二人とも、部屋で休んでるんじゃないかなぁ」
「それなら、良かった」
「何か気になることでもあった?」

 息切れを整えながら、フィリアは先を行くソラを見上げる。

「今日のリク、昨日よりも顔色が悪く見えたから」
「あぁ……そっか」

 一瞬だけ悲しげな表情を過ぎらせて、ソラがいつものように笑う。

「リクは頑張り屋だから、疲れが溜まりやすいんだ。ここでゆっくり休めばきっと元気なリクに戻るから、フィリアは心配しなくてだいじょうぶ!」
「ん……」

 安心させるような、突き放されるような言葉にフィリアが曖昧な笑みを返したところで、二人は階段の終わりにたどり着いた。埃っぽい臭いがして、薄暗い天井から大きな鐘が吊るされている。

「やっと着いた〜。フィリア、こっちこっち!」

 ソラが奥にあるアーチ型の戸の方へ走り出す。フィリアもそれを追いかけると、その先はバルコニーになっていて、溢れてくる黄昏の眩しさに目がくらんだ。

「わぁ……!」

 その景色にフィリアは目を細め、感嘆をもらす。昼は清廉だった街並みが橙に照らされ、追憶を誘うような哀感ある景色に変わっていた。

「この時間が、一番きれいなんだ」

 ソラがバルコニーの手すりに片腕を乗せる。フィリアもその隣に立ち、広がる壮観を見下ろした。

「街の外まで……本当にきれい……」

 夕日が郊外にある森の中に沈み始め、光がいっそう強く輝く。少し冷たい秋風が、二人の頬を撫でていった。
 しばらく無言で見つめていたが、ふと、ぽつりとソラが言う。

「こういうのって、不思議だよな。ただ日が沈むだけなのに……なんだか、懐かしい人に会いたくなる」

 フィリアはソラの横顔を見た。茶の髪が赤光で別の色に輝いて見える。

「ソラも、会いたい人がいるの?」
「ああ。こんなことしてるから、もう随分会えてないけど……」

 言って、ソラもフィリアの方を向いた。深い青の瞳と視線が合う――重なる面影に、フィリアは一瞬、呼吸を忘れた。

「フィリアは、今もロクサスに会いたい?」
「…………」

 フィリアが躊躇うと、ソラが微笑む。

「俺たちに遠慮しないでいいよ。教えて」
「…………会いたい」

 声を絞り出すように答えれば、ふぅ、とソラが目を伏せた。

「昨日、あんなことがあったのに?」
「確かに血を吸われることは怖いし、ヴァンパイアになりたいわけじゃないけれど……ロクサスは、ロクサスだもの」

 フィリアは西日に目を戻す。もう半分以上が山の中へ隠れていた。

「ロクサスがヴァンパイアだったとしても、箱庭での思い出は――優しくしてくれたことは変わらない」

 ソラからの視線を感じながら、フィリアは緩く首を振る。

「ごめんね、ソラ。私、ロクサスたちのことを嫌いになれない」
「どうして。フィリアが謝ることなんて、ひとつもないだろ」

 フィリアの予想と違い、ソラの声はひどく穏かで優しかった。再びフィリアがソラを見ると、彼の視線は街の方へ移る。

「二年前さ――俺の友達がヴァンパイアに狙われたんだ」
「えっ?」
「これが、俺がヴァンパイアハンターになった理由」

 ソラはくるりと街に背を向けて、バルコニーに寄りかかった。

「いままで戦ってきたヴァンパイアは、みんなひどいヤツだった。人をまるでオモチャみたいに扱って苦しめて、泣く姿をあざ笑う」
「…………」
「だから、あんな状態になっても誰かを大切にしていたヴァンパイアには、初めて会った」
「ソラ――」

 フィリアは目を丸くする。ソラがバルコニーから背を離し、真剣な表情で言った。

「フィリアを噛もうとしてる限り、あいつらは俺たちの敵。フィリアのことは絶対に渡さないし、もしまた会ったら戦うよ。……けど」

 ソラの瞳にフィリアが映る。フィリアの瞳にもソラが映った。

「もしかしたら、フィリアの言っていたとおり、本当に倒さなくても――」

 そこでソラがハッと街の方へ顔を向けた。険しく目を細め、じっと遠くを見つめている。

「ソラ? どうしたの?」

 疑問に思いながら、フィリアも街の方へ目をやった。もうすっかり空は夜色だったが、町の西はずれがだけがまだ光っている。
 一見、今日の太陽の最後の姿――しかし、夕日と見紛うその輝きは、次第に大きくなる街からの悲鳴で違うと知る。

「火事?……きゃっ!」

 バタバタと羽音をたてて、バルコニーに一匹のコウモリが飛んできた。フィリアが驚きの悲鳴上げるのと同時に、階段からリクが駆け上がってくる。

「ソラ!」

 リクは呼吸を整えながら、厳しい表情で言った。

「――奴らが来た」




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